古本の出てくる推理小説

2016年9月22日 (木)

『私家版』

 『悲しみのイレーヌ』を読んで思い出したのが、やはりフランスのミステリー『私家版』だ。(ジャン=ジャック・フィシュテル、創元推理文庫、2000)
  これも無名作家の世に出ていない本が焦点になる。
 犯人が自分の犯行を語りながらストーリーが展開する、いわゆる「倒叙(とうじょ)もの」なので、はじめからネタバレの作品と言えなくもないけれど、あらすじなど書くと、やはり読んでない人にはネタバレになるので、あらかじめご承知ください。

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あらすじ
 イギリス人のエドワード・ラムとフランス人のニコラ・ファブリは十代の後半、エジプトのアレクサンドリアで、文学を通じて知り合った。醜男で内向的なエドワードは、美男子で自己中心的かつ女たらしのニコラに圧倒されてしまい、いいなりに引き回されようになる。それまでの友を失う目にもあい、内心忸怩たるものがありながら、離れることはできなかった。
 やがて第二次大戦がはじまり、エドワードはイギリス情報部で働き、ニコラはフランス空軍の花形パイロットとして活躍した。
 戦後、エドワードは出版社に職を得て、やがて自分で経営するようになる。ニコラは外交官を経て作家になり、エドワードはニコラの小説を自分で英訳し、英語版を出版するようになった。ニコラは相変わらず傍若無人で、エドワードがそれに従うという関係は変わらない。
 ニコラに転機が訪れ、それまでの作品から脱皮した独創的な作品「愛の学校」を書き、フランスの権威ある文学賞ゴンクール賞を受賞する。
 作品を読んだエドワードは、それが真正の傑作であることを認めるとともに、自分が人生でたった一度だけ愛した女性―アレクサンドリアのベドウィン族の族長の娘が死亡した原因を知ることになる。小説のモデルとなった美少女は、ニコラに妊娠させられ、それに気づいた族長によって刺殺されたのだった。(いわゆる「名誉殺人」というやつである)
 これまでの人生、ずっとニコラに不当に苦しめられてきたと感じているエドワードは、これを知って復讐を誓い、緻密な計画を立てて、徐々に実行に移す。
 それは、受賞作『愛の学校』が盗作であるとされるような、偽の原作本を作ることだった。以前買い取った小さな古い出版社には戦前の未使用の用紙や製本材料が残されていた。そして無名のうちに戦死した有能な作家―ニコラの書いたような傑作を書いたかもしれない―を発見し、すでになくなっているが、その作家の本を出していても不思議ではない出版社を探す。
 エドワードは、ニコラの作品を少しずつ書き換えて、盗作前の英語の原作を創作し、古い印刷機を買い込んで印刷する。大戦中の情報部で資料の偽造をやっていたし、出版社で印刷の知識も取得していた。製本は、戦前の製本機械が残っているエジプトでやらせた。さらに古色をつけて、六冊の偽書『愛こそすべて』が完成した。
  エドワードは、うち一冊をニコラと仲の悪い女流文芸評論家に匿名で送りつけ、二冊はそっと古書店に売りつけ、一冊はニコラ自身の書棚の奧に忍ばせた。、
 文芸評論家が盗作疑惑を書き立てて大騒動になり、ニコラは名誉毀損だと訴えて裁判になる。裁判では、文芸評論家が提出した本も、古書店で発見された本も本物だと鑑定され、そのうえ新聞に大戦中飛行機の事故でニコラには記憶障害があるという診断書が暴露される。疑惑は深まり、ニコラの名声は地に落ちる。
 やがてニコラは失意から立ち直って、雄々しく再び創作に取りかかろうとした。しかしある日、自分の書棚の中に『愛こそすべて』があるのを見つけ、自分の書くものが信じられなくなり、自殺した…

 倒叙ものは、やがて犯人の計画のほころびが見つかって失敗するものが多いが、成功に終わるものもある。この小説が最後どちらになるのか、それは書かないでおこう。

 まず感心したのは、原作から盗作という通常の過程をひっくり返して、現在の作品から原作を偽造してしまうというアイデアだ。
 そしてこの偽作の過程を詳細に書き込んでいる。いい加減な推理小説だと、情報部で偽の資料をつくっていたから偽書もできた、くらいですませてしまうところ、古い用紙や製本材料の入手、関係者が死亡していて露見する恐れのない出版社を探し、いかにもその出版社らしいレイアウトをするとか、細々と偽作の精度を高めている。
 ニコラを陥れる方法も緻密で周到、作品全体に伏線を張りめぐらせて、じわじわと追いつめていく。底意地の悪さを感じるくらいだ。
 ニコラに反感を感じながら、劣等感からついつい引き摺られてしまうエドワードの心理描写も、純文学風でちょっとうるさいくらいだが、犯行に及ばざるをえないくらいの被害者意識があったと、十分納得させる。

 あとがきによれば、作者の本業は歴史学者だそうだ。構成がしっかりしているのはそのせいか。中身の濃い、面白い本だったが、日本ではあまり評判にならなかったようだ。重苦しいところが受け入れられなかったのか。他にもミステリ作品があるのに邦訳が出ていない。
 またニコラにはモデルがあって、ロマン・ガリという作家だそうだ。ゴンクール賞作家で、偽作ではなく偽名(別名?)でも小説を書き、一度しか受賞できないゴンクール賞を二度受賞したことで騒動になった。アメリカの女優ジーン・セバーグと結婚し離婚したという。知らなかった。

 ・原題“TIRÉ À PART”は、「抜き刷り」「別刷り」の意味。

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2016年9月19日 (月)

『悲しみのイレーヌ』

 久しぶりの「古本の出てくる推理小説」として、フランスのミステリー、ピエール・ルメートル悲しみのイレーヌ』(文春文庫、2015)を取り上げる。これは稀覯書や謎が書き込まれた古書など、個別の具体的な本が問題になっている小説ではなく、本に書かれた内容が事件の焦点になっているミステリーである。
 以下、本の話を中心に簡単にあらすじなどを紹介するが、ネタバレになることは、あらかじめご承知ください。

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 主役はカミーユ・ヴェルーヴェンというパリ警視庁の警部。145㎝という短躯ながら敏腕で、個性ある部下三人をひきいている。
 パリ郊外で殺人事件が起こる。百戦錬磨の捜査陣がたじろぐほどの残酷凄惨な現場で、若い娼婦二人がバラバラ、ズタズタにされて部屋中にぶちまけられていた。そして壁には「わたしは戻った」という文字があり、くっきりと指紋も残されていた。
 ところがこの指紋はスタンプによる偽の指紋で、16カ月前の未解決殺人事件にも残されていた。犯人自らが同一の犯人であることを示しているものとしか考えられない。警部は二つの事件とも、壁に文字を残したり、被害者の髪の毛を死後シャンプーしているなど、不可解、不条理な装飾が多すぎることに戸惑う。
 やがて警部は、16カ月前の事件が、アメリカのジェームズ・エルロイの犯罪小説『ブラック・ダリア』に似ていることに気づく。また、パリの古書店主から、第一の事件は、『アメリカン・サイコ』という、快楽殺人を扱ったアメリカの小説にそっくりだと教えられる。犯人は小説の現場を再現しようとしていたのか。
 そして同じ指紋がイギリスのグラスゴーで起こった殺人にも残されていたことが判明する。これはスコットランドのウィリアム・マッキルヴァニー『夜を深く葬れ』の模倣だった。
 小説をなぞった連続殺人であることは間違いない。警部は犯罪小説を専門とする大学教授の助力も得て、近年の未解決殺人事件のうち状況が不条理なものと有名なミステリーとを照合を始める。
 するとさらに二件、エミール・ガボリオ『オルシヴァルの犯罪』とシューヴァル&ヴァールー『ロセアンナ』を模倣したと思われる事件が見つかった。
 残虐な事件の意図が明らかになってきた。何人もの容疑者が取り調べられ、最後に無名の作家が書いた一冊の本に焦点があたる。出版社の倒産もあり、価値のない本として消えていき、今では入手困難となっている。しかしその本がようやく見つかったときには…

 以上、本の話を中心に筋を追ったので、ミステリマニア向けの作品かと思われるかもしれないが、そうではない。中身はもっと濃くて、複雑だ。
 一番の特徴は残酷さである。フランスでも批判されたらしいが、スプラッターのような現場の描写が事件ごとに繰り返される。これはわたしの苦手なところなので、ここではあれこれ書かない。
 登場人物も多彩で、娼婦のヒモや怪しげな不動産開発業者、それに情報を提供してきた古書店主も容疑の線上に浮かぶ。直属の部下は、一人は上流階級出の聡明な青年だが、あと二人はそのうち汚職警官になるのではと心配になるような放蕩者と「警視庁史上最悪の守銭奴」である。警察の内部情報になぜか詳しい、押しの強い新聞記者も登場する。
 とにかく中身がぎっしり詰まっていて、残虐だな、いやだなと思いながらも一気に読まされてしまう。無名作家の無名の本を追いつめて、いよいよ大団円かと思ったところで、最後にあっと驚くどんでん返しが待っていた。どんでん返しの中身は書かない。とにかく傑作である。

 ただ一つだけ文句があるのはこの邦題の『悲しみのイレーヌ』である。イレーヌというのは主人公の妻の名前なので、はじめから妻に何か起こることが予想されてしまう。原題は”Travail soigné(トラヴァーユ ソワニェ)”で「丁寧な仕事」―犯人が小説の現場を再現するために、とても丁寧な仕事をしている、という意味だ。
 こんな題名でなければ、妻が危ないということは後の方までわからない筈なのに、最初から事件が起こるたびに、次は妻かと心配してしまった。他に適当な題を思いつかなかったのか。

 残酷なこと、重苦しいこと、最後のどんでん返しがこの作家の大きな特徴で、邦訳が出ている『その女アレックス』(文春文庫、2015)、『死のドレスを花婿に』(文春文庫、2015)もそのとおり、中身が濃く、最後にあっと驚かされる。
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 この10月に最新の邦訳『傷だらけのカミーユ』が出るそうだ。ヴェルーヴェン警部シリーズの最終作だという。また重苦しそうだが、楽しみだ。

 

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2015年5月28日 (木)

『古書の来歴』

 ジェラルディン・ブルックッス古書の来歴』(ランダムハウス講談社、2010)を、本の題名にひかれて読んだ。
 帯にはこうある。

まるで古書版CSI(科学捜査班)。
古書を科学捜査することで一つ一つの物語がたちあがってくる。
古書が記憶する五百年の歴史!
ミステリと歴史ロマンが結びついた秀作
――池上冬樹(文芸評論家)

実在する稀覯本と、
その本を手にした人々の数奇な運命
ピューリッツァー賞作家が描く歴史ミステリ!

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 非常におもしろかった。(以下ネタバレあり、注意)
 主人公のハンナはオーストラリア人の女性古書研究者。1894年サラエボで発見され、ボスニア紛争で一時所在がわからなくなっていた「サラエボ・ハガダー」と呼ばれる稀書が、1996年に見つかり、ハンナは、その鑑定と修復を依頼される。「ハガダー(ハッガーダー)」というのはユダヤ教の「過ぎ越しの祭」で読み上げられる祈りのための書。
 ハンナは、羊皮紙のあいだに蝶の羽のかけらや塩の微少な粒、動物の毛などが挟まっていることに気づく。修復のかたわら、それらの物質を世界各地の専門的な研究所で調査してもらうことによって、この本がサラエボへ来るまでにたどった道筋を明らかにしていく。
 例えば蝶の羽は、二千メートル以上の高地に棲息するウスバシロチョウのものであることがわかり、第二次世界大戦中ナチスの略奪を避けるため、サラエボの 国立博物館のイスラム教徒の主任学芸員が山岳地帯のモスクの図書室に隠したという説が裏づけられる、という具合である。塩も、動物の毛も同じようにハガダーの在った場所を示す手がかりとなる。
 このあたりが、帯の「まるで古書版CSI(科学捜査班)」というところ。「CSI科学捜査班」というのはアメリカの連続テレビドラマで、最新科学を駆使して凶悪犯罪を解明していくというものらしい。まあ「科捜研の女」のようなものと理解しておこう。

 一つずつ調査が進むに従い、次第にハガダーの来歴が明らかになり、その時代の物語が時間を遡って語られていく。そして一方では主人公ハンナをとりまく母との葛藤や鑑定結果を巡る謎などの物語が時間軸に沿って進行していく。
 無論蝶の羽だけで来歴の全容が解明されるわけはなく、展開していくのは作者の想像力により紡がれた物語である。一章ごとに過去と現在が交代に語られ、筋は複雑であるが、緻密に構成され、ひとつひとつがしっかりした内容を持っていて、あきさせない。
 過去の物語は、
 1940年 サラエボ
 1894年 ウィーン
 1609年 ヴェネツィア
 1492年 タラゴナ(スペイン)
 1480年 セビリヤ(スペイン)
と遡っていく。

Photo 『古書の来歴』扉絵。ハガダーのたどった行程などが図示されている。

 1940年のサラエボでは、ユーゴスラビアのパルチザンに加わってチトーに裏切られたユダヤ人の少女の物語が語られる。1894年のウィーンでは上層階級を顧客とするユダヤ人医師。1609年のヴェネツィアでは、賭博の悪癖をやめられないユダヤ人ラビと異端審問官。1492年のタラゴナでは、ソフェルという、神の言葉を書き写すことを専門にしているユダヤ人とその一族。1480年のセビリアではユダヤ人が経営する各種の工芸品をつくる工房から物語は始まる。
 だからこれはユダヤ人の歴史の物語でもある。スペインから追われ、ヴェネツィアのゲットーからも追われ、東欧に住み着いたユダヤ人たちの物語。そして時代ごとにイスラム教徒との関わりも描かれている。
 わたしの頭の中では、ユダヤ人の歴史というと旧約聖書のモーゼの物語から一気にナチスによる迫害の話に飛んで、現在のイスラエルは核兵器なんか持ってけしからんという話で完結してしまう。しかしその飛んでる間じゅうずっとユダヤ人はシャイロックをやっていたわけではないのは当然のことで、キリスト教、イスラム教の世界と長い関わり合いを持ちながら、さまざまな歴史と生活があったことを、この本はあらためて考えさせてくれた。

 また過去の物語とないまぜになった現代の物語も、主筋である古書を巡る謎に、高名な医師である母との葛藤、出自の問題、フェミニズムなどもからめて盛りだくさんになっている。
 わたしとしては母との関係にちょっと納得いかなかったが、筋に破綻があるわけではない。綿密な下調べや全体のチェックをしながら書かれているのだろう。緻密に構成されている。海外ミステリはこのあたりがすごい。

 『サラエボ・ハガダー』は実在し、著者あとがきによれば、発見の経緯や学芸員が戦火から守ったことなど一部は歴史に基づいているが、大半は架空のものだという。
 下記のページで画像などが見られる。
 →http://www.talmud.de/sarajevo/detailansicht_einzel.htm
 (本を読んでいない人には何のことかわからないが)上記画面の上段中央、「Familie am Sedertisch」が、最後にハンナが見ていた、ハガダーの絵の作者の黒人女性が描かれている絵のようだ。

 題名にひかれて読んだと書いたが、原題は”People of the Book”で、「古書の来歴」ではない。日本語にすると「啓典の民(けいてんのたみ)」となる。ウィキペディアには「イスラームに屈服し、厳しい制約と差別を受け入れる代わりに、イスラーム国(イスラム世界)に居住することを許される異教徒を指す言葉」と書かれている。もともとは同じ神に由来する啓示の書物=啓典(聖書、コーラン)を持つ人々ということで、イスラム教徒からユダヤ教徒、キリスト教徒を指す言葉だったらしい。
 これらイスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒の共存ということも著者が言いたかったことの一つであろう。

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                 (文庫版:武田ランダムハウスジャパン、2012)

※蛇足をおまけに。
 ユーゴのパルチザンの話で「さらば恋人よ」という歌を思いだしたので、ネットで検索してみたら、トップに堺正章の「さよならと書いた手紙…」という歌が出てきて驚いた。なつかしいが、これじゃない。(これは「さらば恋人」という題で一字違い)
 わたしがさがしていたのはこれ。

ある朝目覚めて
さらばさらば恋人よ
目覚めて我は見ぬ
攻め入る敵を

我をも連れ行け
さらばさらば恋人よ
連れ行けパルチザンよ
やがて死す身を

 こんな歌、今どきの若い者は誰も知らないだろうなあ。
 YouTubeに、9カ国語による「さらば恋人よ」があったので紹介しておく。日本語も含まれているが上の歌詞と違い
「ある朝に目が覚めて
 敵を見つけたぞ」
と直訳体になっていておもしろい。
https://www.youtube.com/watch?v=-nSF40smtgw


 

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2014年4月21日 (月)

『古書店主』

 マーク・プライヤー『古書店主』(ハヤカワ文庫、2013)は、文句なしの「古本の出てくる推理小説」「古本ミステリ」だ。カバーの売り文句は次のとおり。

【カバー】露天の古書店が並ぶパリのセーヌ河岸。そこでアメリカ大使館の外交保安部長ヒューゴーは、年配の店主マックスから古書を二冊買った。だが悪漢がマックスを船で連れ去ってしまう。ヒューゴーは警察に通報するが、担当の刑事は消極的だった。やむなく彼は調査を始め、マックスがナチ・ハンターだったことを知る。さらに別の古書店主たちにも次々と異変が起き、やがて驚愕の事実が!有名な作品の古書を絡めて描く極上の小説。

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(以下ネタバレあり。ご承知を)

 上記のとおり、なじみの店主の失踪を調べていくうちに、店主が生き残ったナチスの残党を狩り出すナチ・ハンターだったことが判明し、その他にも何人かの古書店主の失踪が判明する。買ったアルチュール・ランボーの『地獄の季節』は思いがけない稀覯本で、高額でオークションにかけられる。売ってくれなかったクラウゼヴィッツの『戦争論』には謎の書込があった、と古本がらみで事件が展開していくのが古本好きにはうれしい。もちろんその他にも美人ジャーナリストとかパリ警視庁、ドラッグをめぐるギャングたちがにぎやかにからんで、事件は展開していく。
 しかし、ちょっと主人公がスーパーマンすぎるというか、都合良くCIAの友人があらわれたりして、話が弱い。アメリカの小説のせいか、パリの警視庁はたよりないことになっている。
 何より気になったのは、このセーヌ河岸の古本屋組合が、ギャングに乗っ取られていたという話である。いくら金があるからといって、古本屋の経験もない元ギャングが組合長に就任して事務を遂行したり、失踪した店主に代わってチンピラが商売したりできるものだろうか、ということだ。作者はちょっと古本屋という商売をなめているのではないか。
 しかもギャングがここを乗っ取って、ドラッグ・マーケットにしようとするというのだから、そんなことができるものか、けしからん、と、最初のうちは楽しみながら読んだものの、ちょっと不満の残る作品だった。
 

 以下は、そのパリのセーヌ川沿いの古本屋、いわゆる「ブキニスト bouquiniste 」の写真である。こんな開けっ放しのところで、ドラッグ商売が成り立つものか。現在、二百数十軒あるらしいが、それを全部傘下に入れる必要があるのか。そんな大々的にやったらすぐ見つかるじゃないか。

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 それに、ブキニストの人たち、けっこうゆったりと商売をやっているようで、開いていない時間がけっこうあるし、夕方には店じまいするようだ。雨が降れば当然休みである。儲けのために生死もかけるような厳しいドラッグ商売とは肌が合わないだろう。

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 こんなふうに、川べりの石塀の上に、ブリキの蓋のついた木の箱が乗っかっていて、蓋を開ければ店が開けるようになっている。
 ここに本が入れっぱなしになっているらしいが、これを見てわたしは、中の本が心配になってしまった。雨や盗難はよけられるとしても、日本でこんなことをやったら、高温多湿の夏には、本がすぐダメになってしまう。パリは日本と違って、夏場は湿気が低いそうだが、それでも本にいいとは思えない。川の上だよ。まあ、高価な本は持って帰るんだろう。

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 店を開くとこんな感じ。前に立っているのはブキニストでもドラッグの売人でもない。わが友人、T局長である。 

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2014年3月27日 (木)

『図書館警察』

 さてまた図書館つながりで、スティーヴン・キングの『図書館警察』(文春文庫、1999)である。
 『図書館戦争』『図書館の死体』『図書館警察』と並ぶと、なんだか図書館はずいぶん物騒なところのように見えるが、現実の図書館はけっしてそんなことはない。
 ホラー小説の大家の作品で、これも推理小説ではないけれど、題名が気になって読んだ本だった。
 ”Four Past Midnight”という原題の中篇小説集の一篇で、これは『真夜中四分過ぎ』という意味だそうだ。「図書館警察」の原題は”The Library Policeman”、だから正確には「図書館警察官」だ。
 中編小説といっても、「図書館警察」だけで395頁ある。日本なら十分長編小説と呼ばれる長さだ。この文庫本は、「サン・ドッグ」という一篇が合わせて収録され、696頁もある。他の二篇は『ランゴリアーズ』(文春文庫、1999)という別の本になっている。アメリカの小説は長いのが多い。

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 カバーにはこう書いてある。やっぱりホラー小説だ。

あの図書館には何かがいる。不気味な貼り紙、冷酷な司書、期日に本を返さないと現れる図書館警察。幼い頃の恐怖が甦り、サムの心を侵す。戦え、心の闇を消し去るのだ―恐怖に対決する勇気を謳い、感動を呼ぶ表題作。さらに異界を写すカメラがもたらす破滅を描く「サン・ドッグ」。翻訳者+装幀者による巻末の解説座談会も必読。

 つまり、図書館警察官の仕事は、本の返却期限を過ぎても返さない悪い子どもたちのところへ直接取り立てにやってきて、恐ろしいめにあわせることなのだ。アメリカでは子どもの間に広がっている都市伝説 urban legend のひとつだという。日本の「トイレの花子さん」のようなものか。(ひょっとするとキングが思いついた都市伝説かもしれないという気もするが。)
 借りた物を返さないことへの後ろめたさ、その後の罰に対する子供の不安・恐怖の象徴が図書館警察ということになる。キングはこれをさらに、子どもたちの恐怖を食って生きている化け物がいたというホラー小説に仕立てた。
 子供の頃怪談が苦手だったせいか、怖い夢とか幻想部分とか、どうもイメージがうまく浮かばないところもあった。まあこれがうまく浮かぶようになると怖くて読めなくなってしまうのかも知れない。
 しかしキングは話がうまくて、嘘がうまい。多少ひっかかるところはあっても、読んでいると話に引きずり込まれて、最後まで一気に読まされてしまう。

  図書館ものは、これで一区切りです。

 

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2014年3月15日 (土)

竹島・香港・アラスカ

 門井慶喜について「また本を題材にした作品を期待したい。」と書いたので(→おさがしの本は)、その後、『竹島』(実業之日本社、2012))という本があるのを知って読んでみた。
 帯にはこう書いてある。

日本と韓国を両天秤、大ばくちの始まりや。
竹島領有権、その根拠となる江戸期和本を握った、むこうみずな大阪の若者と老人。対する派日韓外交当局のトップ。庶民対エリートの駆け引きの勝者は――だれや?

 竹島領有権の根拠となる古文書とは、おもしろいところに目をつけたな、と期待して読み始めた。

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 ところが残念なことに期待はずれだった。(以下最後までネタバレあり。ご承知ください。)

 まずこの古文書が頼りない。どちらに領有権があるのか書いてあるのだと思って読んでいくと、なんと文句の解釈によっては、どちらともとれるのだという。権利書のように、それを所持している方に土地が所属するわけでもない。それなら争奪戦に意味がなくなってしまう。
 主人公は稀代の口先男で、議論するとみんなまるめこまれてしまうという設定になっているけれど、ここに書かれている会話を読むかぎりでは、誰もがだまされてしまうほど口がうまいとはとても思えない。これで納得していては日本でも韓国でもとても外務官僚はつとまらないだろう。
 キャラクター小説というものがあるそうだ。よく知らないが、ライトノベルの技法で、登場人物のキャラクターを決めておいて、それを元に話を展開させるというものらしい。ロール・プレイング・ゲームの影響だろうか。
 児童読物やマンガで、小柄で眼鏡をかけた少年に「博士」というあだ名をつけておけば、その子は何でも知っていることになるようなものか。
 前にちょっと書いたけれど、海堂尊の医療小説シリーズも基本的にはこの手法で書かれているように思う。(→『ジェネラル・ルージュの凱旋』 )「ジェネラル」とか「ハヤブサ」というあだ名をつけて、それで登場人物の性格は了解してね、ジェネラルだから尊大で、ハヤブサだから仕事がテキパキできるんだよ、というわけだ。

 この小説では、主人公は「しゃべりの天才」というキャラクターに決めたので、外務省も韓国もみんな言い負かされてしまうことになっている。しかし古い小説の読者としては、それを納得できるだけの描写がないと合点がいかない。この手の小説では、お約束なんだから野暮なことは言うな、ということになっているんだろうか。
 筋立ても貧弱で、話題からすればKCIAや内閣情報室の暗躍が期待されるところなのに、下っ端の官僚や韓国領事が出てくるばかりで、そのうち突然外務大臣が、日韓サッカーの勝負で決めようと言い出したりする。サッカーの試合描写も迫力に欠ける。

 というわけで残念な作品だった。この題材ならもっと中身の濃い作品ができそうな気がするのに。
 例えば、こんなのはどうだろう。
 豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき捕虜となって鹿児島にやってきた李氏朝鮮の陶工の子孫である民俗学者が、神田の古書市で朝鮮渡来と思われる古文書を入手した。それは日本政府から韓国に返還された朝鮮王室儀軌に欠けていた秘密の一冊で、そこには、竹島でひそかに執り行われた「島払い」の儀式のことが記されていた。
 「島払いの儀式」とは何か?島譲りの神話?「島原の子守唄」に隠された秘密とは?宮廷女医チャングムの末裔だと名乗る謎の美人女医はKCIAの手先か?
 ペ・ヨンジュンによく似た内閣情報調査室の担当官が、KCIAから、古文書をめぐる戦いに最終決着をつけようと呼び出された夜のディズニーランドへむかう。そこへ冬ソナの主題歌を口ずさみながら現れたのは、小太りで無精ひげをはやした、あの北朝鮮の独裁者の兄だった…(ああ、収拾がつかない)

 領土をめぐる古文書を題材にしたスパイスリラーというと、すぐ思い出す作品がふたつある。ひとつはこれ、服部真澄の『龍の契り』(祥伝社、1995)である。

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 これは1997年の香港返還について、実はイギリスが共産中国を承認する見返りに香港を返還しなくてもいいとする密約があったという設定。失われたその密約文書をめぐって、日中英米の外務省・諜報機関やユダヤ財閥、さらに中国の秘密結社や宋家の三姉妹の末裔に、果てはソニーを思わせる日本の大手電機会社の社長までが入り乱れて暗闘する。かなり複雑にこみいった話だが、手際よく、おもしろく読ませる。
 刊行された当時は、とうとう日本にもスケールの大きい本格的スパイスリラーが誕生したと評判になり、わたしも感心した。
 この小説の結末は、アジアを支配しようとするユダヤ財閥の陰謀に対抗して、欧米の価値観とはちがう安定したアジアを築くために、日本と中国が協力するという筋書きになっている。
 最近の日中の政治情勢からすると、とても考えられない結末だが、1995年当時、ほんの二十年前には、これがありうる理想として語られ、一般にも受け入れられていたのだ。時代は変わる。今の日中関係だってこのままずっと続くわけではないだろう。

 もう一作は、ジェフリー・アーチャーの『ロシア皇帝の密約』(新潮文庫、1990)だ。

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 こちらは、1867年ロシアからアメリカに720万ドルで割譲されたアラスカには、なんと買い戻し特約があったという話。99年以内に、99倍の7億1千280万ドル払えば買い戻せる、という条件がついていたというのだ。この着想が素晴らしい。
 この条約書は、ロシア革命のどさくさで失われたと思われていたが、ナチス・ドイツのゲーリング元帥を経て、イギリスの退役軍人に遺贈された「皇帝のイコン」の中に秘められていることが判明する。1966年の期限までになんとかこれを取り戻そうとソ連のKGBが暗躍し、英米のスパイが対抗する…
 歴史の示すとおり、ソ連のアラスカ買い戻しが成功しないのはわかっているのだが、アーチャーは最後まで楽しく読ませてくれる。

 現在、ウクライナ、クリミアが緊迫した状態になっている。ロシアがアラスカを割譲したのは、クリミア戦争(1853~1856)の後で、金に困っていたから、という説があるようだ。昔とちがって、他国に下手に介入すると、あとあと大変なことになるのはロシアもアメリカも十分わかっているはずだが、どうやっておさめるだろうか。

 それはさておき、香港、アラスカとくると、フランスがルイジアナを買い戻す、取り戻すという小説も、どこかにあるんじゃないかという気がする。どなたかご存じでしたら教えてください。

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2014年3月 9日 (日)

『図書館の死体』

 『図書館戦争』シリーズを紹介したので、ハヤカワ文庫の図書館長ジョーダン・ポティートのシリーズも紹介する。
 『図書館の死体』、『図書館の美女』、『図書館の親子』、『図書館長の休暇』の4冊が出ている。
 タイトルの「図書館」云々は原題にはない。主人公が図書館長なので舞台として図書館が出てくるものの 特に古本の秘密を追いかけたりはしないので、「古本の出てくる推理小説」とは言えないが、図書館つながりであげておく。

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 ジェフ・アボット図書館の死体』(ハヤカワ文庫、1997)のカバーにはこうある。

若くして図書館の館長を務めるジョーダン・ポティートは、わが身の不運を嘆いた。自分の図書館で殺人事件が起き、その容疑者にされたのだ。被害者はジョーダンや彼の母親などの名前を記した奇妙なメモを持っていた。真相を探るため彼は調査を始めるが……複雑な謎と感動的なラストシーン。アガサ賞、マカヴィティ賞の最優秀処女長編賞を受賞した話題作。

 主人公は、アルツハイマーの母親の面倒を見るため、東部ボストンで順調にいっていた仕事をやめて、故郷テキサスの田舎町へ帰ってくる。田舎町なのでインテリの職場としては図書館くらいしかなく、給料も安い。日本でも最近よく聞くような話だ。
 アメリカの田舎町の図書館には、住民による図書委員会という組織があって、それなりに力を持っているらしい。殺されたのはその図書委員の一人で、バプテストの狂信的な信者の中年女性。殺される前日、主人公は、D・H・ロレンスの『恋する女たち』は猥褻だから図書館から追放しろと主張する被害者と激しく争ったばかりだった。
 残されたメモには何人かの名前と、それぞれに関連づけられた聖書の引用句が書かれていた。殺人の真相を探るため、それらの人達を調べはじめた主人公は、聖書の引用句に呼応する、彼らの隠された過去や生活を次々に知ることになり、やがて自らの出生にかかわる秘密とも向かいあうことになる…

 というわけで、なかなかおもしろい推理小説である。
 架空のテキサスの町ミラボーは、大きな産業のない、緑豊かなひなびた小さな町で、車ならすぐ一回りしてしまう。都会とは違い人間関係が濃密で、誰が何をしているのか、みんなが知っている。日本の田舎町と同じようなだ。
 小説を読む楽しみのひとつに、行ったことのない町の雰囲気を想像しながら味わうということがある。アメリカというとまず思い浮かぶのは大都会だけれど、田舎にはこういう町もあるんだと、楽しむことができた。
 こういう楽しみはそれなりの情景描写がないと味わえない。最近紹介したライトノベル調のものはみんなストーリーの展開に忙しく情緒に欠けるようだ。これは普通の推理小説で、そんなに詳しい描写があるわけではないれど、やっぱりラノベよりこちらの方がいい。

 

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 2冊目の『図書館の美女』(ジェフ・アボット、ハヤカワ文庫、1998)までしか読んでいない。
 静かなミラボーの町に、突然、犬小屋や郵便受けが連続して爆破される事件が発生し、図書館長のボストン時代の恋人が不動産会社の社員として、リゾート開発のための地上げにやってくる。そこへ開発を阻止しようとする環境運動家も乗り込んできて、町を二分する大騒ぎになる。そして不動産会社の社長が死体で発見される…という話。
 リゾート開発対環境運動家と、ここでも日本にもあるような話だと思わされる。アメリカを追いかけて、同じような問題を日本もかかえるようになったということか。

 原題は”The Only Good Yankee"で、これは"The only good Yankee is a dead Yankee." 「死んだヤンキーだけがいいヤンキー」=「ヤンキーにはかかわりたくない」という、アメリカ南部人の北部人への皮肉からとったものだそうだ。
 主人公はボストン時代、田舎者としてさんざんテキサス訛りをからかわれたという話も出てくるので、対抗して北部人をからかうのはわからなくもないが、この言葉、もとは”Yankee”ではなく、”Indian”だったらしい。
 そうなると人種差別、人種侮蔑の話になってきて、アメリカ人という奴は…と言いたくなるが、まあこの本にそんなことが書いてあるわけではない。これも楽しく読んだ。

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2014年3月 3日 (月)

『図書館戦争』

 図書館で『アンネの日記』関連の本が破られる事件が報道されている。誰が何のためにやっているのか。いわゆる「歴史修正主義者」のしわざなのか、それともただの愉快犯なのか、よくわからない。
 古本ミステリとは言いにくいが、この事件で思い出した本を紹介する。

 有川浩(ありかわひろ、女性)の『図書館戦争』シリーズである。(メディアワークス、2006~2008)
 『図書館戦争』、『図書館内乱』、『図書館危機』、『図書館革命』の本編4冊と、別冊の『図書館戦争Ⅰ』『図書館戦争Ⅱ』の全6冊からなる。ライトノベル調なので、6冊あってもそう苦労せずに読める。

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 ミステリというよりSFで、あらすじはこうだ。
 舞台は2019年の日本。過去に公序良俗を乱す表現を取り締まる「メディア良化法」が成立し、「メディア良化委員会」が、良化特務機関を駆使してメディアを取り締まっており、抵抗する者には武力も行使されていた。
 これに対抗して、図書館側は「図書館の自由法」を制定し、図書館の役割と本の自由を守るために、武装した「図書隊」による防衛制度を確立した。
 そして良化特務機関と図書隊との永年にわたる武力闘争が繰り広げられる中、一人の女の子が、憧れの王子様のいる図書隊に入隊し、戦いに、恋に奮闘する…
 つまり、この本はけしからん、と本を検閲し廃棄する良化委員会に対し、本を守ろうとする図書館が戦う、という話なので、『アンネの日記』事件から思い出したというわけだ。

 この図書隊と良化特務機関の間に限って武力行使が認められているという設定になっているので、まずここで、そんなことありえないだろう、この設定はおかしいと思ってしまうと、先へ進めない。そこはSFだから、ということにして読んでいくと、「図書館の自由」だけでなく、現在の図書館がかかえているその他の問題もいろいろ折り込んで事件は展開していく
 この小説のメインは、憧れの王子様である図書隊の上司とのラブストーリーなので、図書館の問題は結局刺身のツマのような位置づけになってしまうけれど、ひととおり図書館のことは調べてあるなと感じた記憶がある。(このあたり、読んだのが何年も前で、今は本も手元にないので、具体的に説明できない。間違っていたらごめん。)
 『図書館戦争』という名前に惹かれて読んでみたところ、中身は若者向けの軽い恋愛小説だった。おもしろい設定なので、恋愛抜きでやってくれればよかったのに、とわたしは思うけれど、まあ、それではまるで売れなかっただろう。
 作者は、現在テレビでやっている『三匹のおっさん』の原作者でもある。一度見てみたが、ドラマもライトノベル調の軽いつくりのように感じたので、以後見ていない。

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 『図書館戦争』         『図書館内乱』

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 『図書館危機』         『図書館革命』

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  『別冊 図書館戦争Ⅰ』    『別冊 図書館戦争Ⅱ』

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2014年2月17日 (月)

おさがしの本は

 門井慶喜(かどいよしのぶ)の『おさがしの本は』(光文社文庫、2011)は、図書館を舞台にした小説で、窓口で相談を受けた、題名不明の本を探す話を中心にした連作短篇集である。犯罪は起こらないけれど、広い意味でのミステリに入れていいだろう。

 カバーにはこう紹介してある。

和久山隆彦の職場は図書館のレファレンス・カウンター。利用者の依頼で本を探し出すのが仕事だ。だが、行政や利用者への不満から、無力感に苛まれる日々を送っていた。ある日、財政難による図書館廃止が噂され、和久山の心に仕事への情熱が再びわき上がってくる…。様々な本を探索するうちに、その豊かな世界に改めて気づいた青年が再生していく連作短編集。

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 題材はわたし好みなのに、まず最初の「図書館ではお静かに」の冒頭がいけなかった。(以下ネタバレがあるので、ご承知を。)

「シンリン太郎について調べたいんですけど」

 これがその書き出しである。短大生がレポートの課題図書を探しに来たのはいいけれど、鴎外・森林太郎をなんとシンリンタロウと読んでいる!というのだが、ちょっと安直なネタで、いかにもわざとらしい。
 しかも後を読むと、出題した国文科教授は鴎外に心酔するあまり、鴎外本人が「石見人(いわみじん)森林太郎トシテ死セント欲ス」と言ったからと、雅号の「鴎外」とは呼ばず、常に「林太郎」と呼んでいたことになっている。それならその生徒がモリ・リンタロウと読めないわけがないだろう。
 心酔しているから鴎外と呼ばず林太郎と呼ぶというのもおかしい。尊敬しているならなおさら雅号で呼ぶのが日本人の常識ではないか。
 学生時代、友人がしきりに「キンノスケが、キンノスケが」と言うので、こっちは中村錦之助の話だと思って相づちを打っていたら、どうも話が合わない。友人はなんと「夏目金之助」のことを言っていたのであった。本名を知っているからといって、漱石を本名で呼ぶ奴があるか、というのはわたしの昔話。
 実は短大生のメモには「林森太郎 日本文学史」と書いてあった。これを「森林太郎 日本芸術史資料」の書き間違いだろうと話は進んでいき、最後に「林森太郎 日本文学史」という本が実際に存在していた、という落ちになる。
 しかしこれは、図書館のレファレンスだったら普通何を置いてもまず「林 森太郎」を調べるところだろう。司書がこの名前を知らなかったからといって、書き間違いと決めつける根拠はない。ネットで国会図書館の蔵書まで検索でき、借りることだってできる時代だ。司書の怠慢である。
 第四話の「ハヤカワの本」でも、「早川図書」と聞いて、ハヤカワ文庫しか探さないのでは図書館司書はつとまらないと思う。ネタが弱い。

 この後、経費削減のため図書館を廃止しようと、市役所から送り込まれてきた上司と対立し、書名当てクイズのようなものに正解し、上司から認められる。そして市議会の委員会で図書館存続の意義について熱弁をふるい、とうとう廃止を阻止し、市役所中枢へ栄転する、というビジネス小説のような展開になっていく。

 なんか違うなあ、というのが正直な感想。「森林太郎→林森太郎」というようなネタに、図書館を結びつけたのはいいが、その図書館や市役所に現実感が感じられない。
 クイズとレファレンスは違うし、やる気のなかった司書が、市役所本庁に引き抜かれてやる気を出していくという結末は、司書の仕事に対する共感が感じられない。
 わたしの趣味としては、本のネタだけで書いてほしかった、というところだ。

 続編も読んでみた。『小説あります』(光文社、2011)で、アマゾンの内容紹介にはこう書いてある。

N市立文学館は、昨今の自治体の財政難が影響し、廃館が決定してしまった。文学館に嘱託として勤めていた老松郁太は、館の存続をかけて、文学館の展示の中心的作家・徳丸敬生の晩年の謎を解こうと考える。30年前、作家は置き手紙を残して失踪、そのまま行方不明となったままなのだ……。好評を博した『おさがしの本は』姉妹編、待望の刊行!

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  今度は文学館が廃止の対象で、そこの嘱託職員が主人公。前作の司書は市役所中枢の企画部門にいる。嘱託職員はその元司書とも連絡をとりながら、文学館の対象である作家の死にまつわる謎を解くことで、館の存続をはかろうとするが…という話。

 今度は文学館を存続させることはできなかったが、弟との「小説とはなにか」をめぐる対話と、作家の残した本の謎を解きあかそうとする中で、また元気になってビジネス界に復帰していくという結末になる。この作者は、本をいじくっている仕事から離れると、人は元気になるものだと思っているのだろうか。
 これらの本もライトノベルに分類されるのかどうか知らないが、文章が軽い。ちょっと軽すぎて、小説の楽しみのひとつである、文章のおもしろさや味わいといったものに欠ける。
 架空の小説に対する実在の評論家の批評を、文体模写で書いてみせるという芸もあった。しかし東京新聞の「大波小波」も吉田健一の文芸批評も、若い頃同時代で読んだことがあるけれど、いまいちピンとこなかった。ちょっと残念な作品だった。

 欠点をあげつらうようなことばかり書いた。興味ある題材なので、どうしても細かいことまで突つきたくなってしまう。けっこう期待しながら読んでいるのである。また本を題材にした作品を期待したい。

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2014年1月13日 (月)

『書物狩人』ほか

  最近、前回書いた『ビブリア古書堂の事件手帖』のほかにも「古本の出てくる推理小説」はけっこう出ている。その中からいくつか簡単に紹介しておこう。わたしの趣味とはちょっとずれているうえ、読んでからだいぶ日がたっているものもあるので、こういう本もあるという紹介にとどめる。

書物狩人』 (赤城毅(あかぎ つよし)、講談社ノベルス、2007)

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【カバーの文句】
たかが本――だがそこに書かれたことは時として大企業を破滅に導き、国家を転覆させることもある。錚々(そうそう)たる依頼人の願いをうけ、世に出れば世界を揺るがしかねない秘密をはらんだ本を、合法非合法を問わずあらゆる手段を用いて入手する「書物狩人(ル・シャスール)」。歴史の闇に隠されてきたその足跡が今初めて語られる! (講談社文庫)

 書物狩人の活躍する舞台は世界中に広がり、扱う本はケネディ暗殺の秘密を秘めた歴史の教科書、闇に葬られた聖書の第五福音書、ナポレオンの毛髪が隠されているという皇帝の署名入りのヴォルテールなど、いかにも秘本らしいのがぞろぞろ出てきて、道具立ては凄いのだが、あっと驚くトリックとか最後のどんでん返しといったミステリーらしいところが弱く、ちょっと残念だった。

書物迷宮』 (赤城毅、講談社文庫、2011)

 Photo【カバーの文句】
世に出れば歴史の真相を覆しかねない本を、合法非合法を問わずあらゆる手段で入手するプロフェッショナル、“書物狩人(ル・シャスール)”。スペイン内戦末期に出版された、ロルカの幻の詩集獲得のためグラナダ地方を訪れたル・シャスールは、依頼人である老婦人を前に、この本に隠された驚くべき秘密を語り出す。シリーズ第二弾!

 これは第2巻で、第6巻まで出ているようだ。作者は軍事史・ドイツ現代史の研究者でもあるそうで、歴史的な蘊蓄は豊富である。しかし、状況を説明するための不自然な会話が多くて、いかにも固い。それにストーリーがやはりちょっと弱いように思う。
 この本の解説で、歴史学者の加藤陽子が「トレヴェニアンに比すべきもの」と書いているが、トレヴェニアンのファンとしては、いくらなんでもほめ過ぎだと言わざるを得ない。 

 

 

蒼林堂古書店へようこそ』(乾くるみ(いぬい――)、徳間文庫、2010)

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【カバーの文句】
 書評家の林雅賀が店長の蒼林堂古書店は、ミステリファンのパラダイス。バツイチの大村龍雄、高校生の柴田五葉、小学校教師の茅原しのぶ―いつもの面々が日曜になるとこの店にやってきて、ささやかな謎解きを楽しんでいく。かたわらには珈琲と猫、至福の十四か月が過ぎたとき…。乾くるみがかつてなく優しい筆致で描くピュアハート・ミステリ。

 日本の新本格派と言われるミステリが話の中心になっている。わたしはそれらの本を読んでおらず、ほとんど知識がないので、いまいち乗れなかった。

 

古書店アゼリアの死体』(若竹七海(わかたけ ななみ)、光文社文庫、2003)

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【カバーの文句】
勤め先は倒産、泊まったホテルは火事、怪しげな新興宗教には追いかけられ…。不幸のどん底にいた相沢真琴は、葉崎市の海岸で溺死体に出合ってしまう。運良く古書店アゼリアの店番にありついた真琴だが、そこにも新たな死体が!事件の陰には、葉崎市の名門・前田家にまつわる秘密があった…。笑いと驚きいっぱいのコージー・ミステリの大傑作。

 カバーにも書いてあるとおり、これは「コージー・ミステリ」というものだそうだ。
 今では女性向きのコメディタッチの推理小説を「コージー・ミステリ」と呼ぶが、もとは、ハードボイルドに対する、日常的で、居心地がいい(cozy)世界に起こるミステリということだったらしい。そういえば「コージーコーナー」というシュークリーム屋があった。
 この本が主に話題にするのは、ロマンス小説――ハーレクインみたいなやつ――だから、これも知識のないわたしにはなかなかついていけない。
 この古書店主のおばあさんは、カバーの絵にあるように、くわえたばこで仕事をしているが、今どきこんなことをしていると、お客さんに本がたばこ臭いと怒られてしまう。この本が出たころはまだよかったんだろうか。

金魚屋古書店』シリーズ(芳﨑せいむ、小学館、イッキコミックス)

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 これはマンガでしかもミステリではないけれど、おまけで入れておく。
 若いころ同時代で読んでいたマンガが、ほとんど古典あつかいされているのがおもしろい。
(この項おわり)

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