横浜散歩

2017年4月24日 (月)

みなとガーデン

4月21日、港の見える丘公園にある神奈川近代文学館正岡子規展を見に行ったら、ここも全国都市緑化よこはまフェアの「みなとガーデン」の一会場になっていた。

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 山下公園や横浜公園でもやっているが、とりあえず港の見える丘公園で見た花だけ紹介しておく。
 公園入口。

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 展望台の前には、山手の洋館のミニチュアがいくつかあった。

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 この公園はいつ来てもきれいな花が咲いているので、緑化フェアだからといって特別な感じはない。染乃助染太郎の「いつもよりよけいに」ではないが、まわりに、いつもはないバスケットが多少多めに置いてあるくらいだ。

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 大仏次郎記念館の方へ向かう。

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 バラが咲く予定のところはまだこれからだ。
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 花の名前はほとんど知らないが…
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 チューリップはわかる。

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 これはツツジでしょう。

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 最後はアメリカ山の八重桜。

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2017年4月20日 (木)

里山ガーデン

 4月13日(木)、全国都市緑化よこはまフェアの「里山ガーデン」というのを見に行った。緑化フェアの会場が二つあって、山下公園などが「みなとガーデン」、旭区のよこはま動物園ズーラシア)に隣接する場所が「里山ガーデン」になっている。

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 ズーラシアの駐車場に車をとめて会場へ入る。「横浜動物の森公園植物公園予定地」というのがこの場所の正式の名前らしい。
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 テントがたくさんあって、緑化に関するいろんな団体の展示があった。平日なので客はそれほど多くない。学齢前の幼児の親子連れが一部いるほかは、おおむね高齢者である。
 桜はそろそろ終わりだ。

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 鮮度を抑えたパステル調の花畑がきれいだ。

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 敷地はけっこう広いので、こんな乗り物が走っている。
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 乗ってみた。年寄りにはありがたい。
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 なるほど行く手には春の里山風景が広がっている。
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 菜の花畑。

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 菜の花畑の次はカキツバタ園。
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 しかしこのカキツバタやアヤメは定植してない。植木鉢に入ったままだ。フェアが終わったら、他へ持っていくのだろうか。
 いずれにせよ5月頃もう一度来てみる価値はありそうだ。
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 パークトレインの終点から森を抜けて行くと、
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 開けた場所に出る。

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 「横浜の花で彩る大花壇」というらしい。花壇のそれぞれが花や葉の形をしているようだが、高いところから見ないとよくはわからない。

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 ともかく花、花、花…でした。

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2017年1月12日 (木)

一月一日横浜

 大晦日から横浜へやって来た兄夫婦と、一月一日に中華街で会いました。話が急だったので、あちこちすでに満員で、なんとかこの店が予約できました。これまで行ったことはありません。金香楼です。

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 これは水上庭園席というそうですが、六人席なので、八人のわれわれ一行は入れませんでした。

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 まず前菜に添えて人参を彫った鳥が出てきました。酉年にちなんだものでしょう。前菜があらかた片付いたところで、この鳥も食べてしまおうかと話していたら、さっと下げられました。もし食べていたらどうなったのか、ちょっと興味あるところです。

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 あけましておめでとうございます。

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 ここの名物だという壺料理にはフカヒレなどが入っていました。

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 例によって酒がまわってくると料理の写真は面倒なのでとりません。
 この日のコースです。

1】四種前菜の盛り合わせ
2】【壷料理】フカヒレ姿・アワビ・干し貝柱など高級食材を凝縮した特製ぶっ飛びスープ(一人一壷)
3】【意境菜】名物!!江雪酢豚
4】イカと大葉の香ばしい炒め
5】海老のチリソース
6】【薬膳料理】牛肉の四川風山椒辛し煮込み
7】三種の具入り春巻揚げ
8】蒸し肉シュウマイ
9】五目チャーハン
10】自家製杏仁豆腐

 壺料理は思ったより壺がl小さかった。薬膳料理だという牛肉の煮込みはやたら辛くて酒がすすんだ。これでは薬にならない。チャーハン、杏仁豆腐がおいしかった、というところでしょうか。

 最後に集合写真を撮りました。壺料理の壺が見えます。
 兄一家は夫婦と長女、長男の四人。兄の次女はイギリスにいるので欠席ですが、長男は駐在しているタイから正月休みで帰国して顔を出してくれました。
 わが家は夫婦と、ずっとドメスティックに暮らしている長男、次男の四人で、合計八人です。

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 二十年くらい前までは、これに次兄と姉の一家も集まってにぎやかに正月をやっていました。少し人数は少ないけれど、今年は久しぶりに集まって正月を迎えることができました。

 このあとは中華街をぶらぶら。関帝廟

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 媽祖廟。しかしこれで初詣というわけにはいきません。

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 その後ホテル・ニューグランドでお茶して、

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 山下公園を散歩して、兄一家と別れ、帰りました。
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 穏やかな天気の、いい元日でした。

 

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2016年9月29日 (木)

三塔一望

 横浜港の近くには、三塔と呼ばれる昭和初期からの塔があります。昔は入港する船の目印になっていて、それぞれキング、クイーン、ジャックと、トランプのカードに見立てた愛称がつけられていたといいます。

 これがキング神奈川県庁です。ちょっと和風の屋根です。

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 クイーン横浜税関です。イスラム寺院風のエキゾチックなドームだそうです。

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 ジャック横浜市開港記念会館。これは文明開化の西洋風です。

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 昔は他に高い建物もなかったので、この三塔が遠くからでも見渡せ、船の目印にもなったということですが、現在ではまわりに大きなビルが立ち並んでしまって、なかなか見通せなくなってしまいました。
 それでもビルの谷間を縫うようにして、この三塔が一度に見渡せるというスポットがあります。ちょっと前まで、この場所を知っている人はそんなにいなかったのですが、いつの間にかそれが「横浜三塔物語」と名付けられて、観光名所として売り出されていました。
 神奈川県のホームページにはこう書かれています。

横浜三塔を巡る物語 ~横浜三塔物語~

 横浜三塔は、戦争等をくぐり抜け建ち続けてきました。いつしか船員達が航海の安全を祈り、これを目印に入港したと言われています。
 この三塔ですが、実は一度に見ることができる場所は限られています。
「①赤レンガパーク」「②日本大通り」「③大さん橋」
赤レンガパークの目印 日本大通りの目印 大さん橋の目印
 この3つのスポットを1日で巡ると、願いが叶うという伝説があります。これが「横浜三塔物語」です。カップルで巡ると結ばれるという噂もあります。
 この3つのスポットには目印が設けられています(写真)。皆さんも探して、少し幸せになりませんか。

 「1日で巡ると、願いが叶う」とか「カップルで巡ると結ばれる」とか、ちょっとやめてくれ、伝説とか噂とかいうけれど、そんな話は聞いたことがないぞ。これで町おこしというのは、あまりにも発想が貧困、なんとかしてくれと言いたくなります。
 しかしそもそも伝説の起こりというのはこんなものなのかもしれません。ネットで「横浜三塔物語」を検索してみると、観光案内がいっぱい出てきて、もうすでにそういう伝説があることになっています。そして最後はたいてい「あなたも行ってみてはいかが?」です。
 そういえば三陸では「小石浜」が「恋し浜」に変身していました。
 そう考えると、昔外国船員から「キング、クイーン、ジャック」と呼ばれていたというのも、疑ってみる必要があるかもしれませんが、こちらはもう通説になっているので詮索はよしましょう。

 「あなたも行ってみてはいかが?」に誘われたわけではありませんが、日本大通り付近に胃の検診に行ったついでに、鑑賞スポットを検証してきました。日本大通りの神奈川県庁分庁舎前です。

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 ここが上記の「②日本大通り」のスポットで、路面にこんなプレートがありました。それぞれの塔が見える方角を示しています。

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 これだけ角度があると、わたしのカメラでは一枚に入り切りません。しかも銀杏並木の葉が繁っていることもあり、目の前の県庁はともかく、開港記念開館と横浜税関はよく見えません。これが開港。

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 こちらが税関です。

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 わたしが以前この場所を教えてもらったときも、葉が落ちる冬場じゃないとよく見えないと言われました。赤レンガパークと大桟橋は今のような形になる前だったので、ここだけだとも言われました。
 ネットでは、上記三カ所に加えて、象の鼻パークでも見られると書かれています。象の鼻というのは大桟橋の付け根のあたりにある、先が曲がっていて象の鼻のような形をした防波堤です。最近まわりが公園として整備されました。 
 地図を見てみると、位置関係はこうなっています。赤丸の1が分庁舎前です。なるほど赤レンガと大桟橋から見えるなら、象の鼻パークからも見えそうです。

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 象の鼻まで足を伸ばしてみました。赤丸の2の場所です。見えました。開港はかろうじて、というところですが、一枚の写真に収まりました。こんな写真しか撮れなかったのは、わたしの責任です。

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 実は、三塔一望の話を思い出したのは、最近わが家の近くのT字路交差点に、三軒目のコンビニが新装開店したことからでした。至近距離に三軒のコンビニ、これでみんな営業が成り立つのか、どこか脱落するのではないか、ちょっと心配です。
 交差点で頭をぐるりと回せば問題なく三店は見えますが、三店を一望して一枚の写真におさめられるポイントがあるかどうか、やってみました。

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 なんとか入りました。
 今のところ、ここに立っても、この三店を廻っても特に恩恵はありません。
 何か伝説を考えないといけません。
 

 

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2016年5月16日 (月)

横浜港遊覧

 5月12日、機会があって横浜港遊覧船マリーンシャトルに乗りました。
 前の日は朝のうち雨、その後も強い風が吹きましたが、この日は快晴。山下公園の新緑が鮮やかでした。

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 花壇には薔薇がたくさん咲いていました。

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 氷川丸の前に修学旅行の中学生たちがやって来ました。なんとしゃべっているのは、なつかしの尾張弁です。わたしが初めて横浜へやって来たのも中学校の修学旅行で、この山下公園へ来たことを思い出しました。

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 当時はこんなビル群はありませんでした。もうよくは覚えていませんが。

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 氷川丸の隣が観光船乗り場で、ここからマリーンシャトルに乗ります。
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 左がマリーンシャトル、右は同じ観光船のマリーンルージュです。
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 マリーンシャトルは総トン数764トン、長さ46.17メートル、幅10.20メートルで乗客定員541名です。

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 二階で、手前はレストランになっています。

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 三階のオープンデッキ。オープンと言っても、透明の囲いがありました。わたしがいたのはここです。

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 濃い青の、マリーンシャトル60分コースを乗りました。

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 大桟橋とランドマークなどみなとみらい方面です。

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 たまたまこの4月30日に大桟橋へ行ったら、イギリスの豪華クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスが停泊していました。

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 これは総トン数全115,875トン、全長290メートル、幅41.5メートル、旅客定員2,674名、乗組員1,238名だそうです。

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 この横幅が41.5メートルだから、マリーンシャトルの全長とたいして変わりません。とにかく馬鹿でかい船でした。

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 ダイヤモンド・プリンセスと比べてはかわいそうです。マリーンシャトルだってそれなりに快適です。天気はいいし、波も高くなく、ほとんど揺れませんでした。
 ベイブリッジです。

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 本牧ふ頭のガントリークレーン。
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 自動車運搬船の GENIUS HIGHWAY (ジーニアス・ハイウェイ)。全長 x 幅 が 199.95m X 32.26m、総トン数 58,767tで自動車(小型車)が約6500台積めるそうです。

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 東京電力横浜火力発電所。

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 これも自動車運搬船で、「 AIDA 」(アイーダ?)」です。横腹に見える「WalleniusWALLLENIUS WILHELMSEN (ワレニウス・ウィルヘルムセン)」はスウェーデンの海運会社の名前だそうです。これは 全長 x 巾が199m X 32.26m、総トン数 60,942tで
自動車(小型車)が約6700台積めるとのこと。
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 これは太平洋製糖の工場です。何年か前まで併設の「横浜さとうのふるさと館」という工程などの見学施設を公開していたのですが、今はその施設は閉鎖されているそうです。
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 だいたいこんなところで横浜港周航は終わりました。快晴で波静か、快適でした。







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2016年4月14日 (木)

三渓園の桜

  4月4日(月)は三渓園へ花見に出かけました。正門を入るといきなりこの景色です。

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 桜はきれいだし、景色も風情があってとてもいい。しかし、帰ってから写真を見てみると観光絵はがきでよく見るような構図ばかりです。

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 この三重の塔が決まりすぎで、これを入れるとみんな古き良き日本!みたいな絵柄になってしまうのです。逆に考えると、これ一つが風景全体を支配しているということです。

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 この山の上にこの塔を持ってきた原三渓の慧眼というか、審美眼の確かさなのでしょう。むろん塔が欲しいからと言って誰でも持ってこられるというものではありません。大正3年(1914)に京都府木津川市の燈明寺というお寺からから譲り受け、運ばせて組み立てたわけですから、どれほどのお金がかかったことでしょう。他にも同じように遠くから運ばせた建物がたくさんあり、それを全部個人のお金で賄っているわけですから、凄い財力のなせる技でもあったわけです。

 今回は塔のある山の上まで登ってみました。

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 山頂には展望台もあって海が見えますが、このとおり、埋め立て地にコンビナートが広がっています。三渓の頃は山の下まで海だったそうですから、いい眺めだったことでしょう。

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 山道から見えたこの建物は旧燈明寺本堂です。これは昭和62年(1987)に移築されました。

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  これが旧燈明寺本堂の正面。燈明寺は明治以降急速に衰え、現在は廃寺になっているそうです。神社は残っているそうだから神仏分離のせいでしょうか。

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 前に三渓が岐阜の柳津(やないづ)出身であることを少し書きました(→原三溪は岐阜の人)。その柳津から贈られたという「柳津高桑星桜(やないづたかくわほしざくら)」がありました。薄墨桜もありましたが、そちらはもう終わりというところでした。

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 結婚式があったようです。

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 小川に山吹です。
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 これはヒュウガミズキ(日向水木)と言うらしい。
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 池にいっぱいいたのはキンクロハジロ(金黒羽白)というカモだそうです。

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 猫が集会をやっているところもありました。
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 桜を満喫して帰りました。

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2016年4月11日 (月)

大岡川の桜(南区篇)

 黄金町を過ぎると行政区が南区になって、ここから「南区桜まつり」になるようですが、特に景色が変わるわけではありません。

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 道慶地蔵のところに、ちょっと気になる桜の樹がありました。

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 桜の花がいくつも固まって、大きなダマになってついているのです。写真で隣の樹と見比べるとよくわかります。

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 こういう品種なのでしょう。これはこれできれいですが、

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 こういう普通の桜で別にいいような気もします。まあいろんな桜があるのはいいことです。
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 大岡川から中村川が分岐するあたりです。蒔田公園(まいたこうえん)のあたりまでは桜が少なくなります。

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 蒔田公園の入口です。
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 蒔田公園。ここでメーデーがあったのは、もうずっと昔の話です。

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 蒔田公園を過ぎて、今日の最終目的地、弘明寺(ぐみょうじ)へ向かいます。
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 大岡川プロムナードというと弘明寺から黄金町あたりまでを広く指して使われることもあるようですが、まず思い浮かぶのは弘明寺から井土ヶ谷あたりまでの沿道です。このあたりが一番桜が多いようです。

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 途中で何本かこの札をさげた桜を見ました「ジンダイアケボノ」と書いてあります。
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 ソメイヨシノによく似ています。なんでも東京の神代植物公園に原木があるそうですから「神代曙」なんでしょう。ソメイヨシノより病気に強いらしい戦後植えられたソメイヨシノはそろそろ寿命が来るとかで、一部ではこういう植え替えが行われているようです。
 これがそのジンダイアケボノです。
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ゴムボートも走っていました。
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 このあたりの桜が多い、濃いのは、樹が大きいからです。
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 老木が多いということでしょう。だから植え替えも考えないといけないのかもしれません。
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 もう弘明寺に近いあたりにはアオサギがいました。

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 白鷺もいたのですが、こちらはすぐ飛んでいってしまいました。
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 川まで降りられるところがあったので、行ってみました。

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 写真の橋はさくら橋という人道橋です。奥に並んで観音橋という昔からの橋があります。そこが大岡川プロムナードの終点です。
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 さくら橋には大勢の花見客がいました。

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 これが観音橋。弘明寺商店街に続いています。

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 観音橋の向こう、上流側にもまだ桜はあるようですが、こちらへ花見に行く人ほいないようです。
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 アーケードの弘明寺商店街。この日はにぎやかでした。

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 弘明寺の境内を通って京浜急行弘明寺駅へ出て帰りました。

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桜木町からずっと歩いたのでけっこう疲れました。桜は堪能しました。

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2016年4月 7日 (木)

大岡川の桜(中区篇)

 横浜も桜が満開になったけれど天気がいまいちで、この先もさわやかに晴れる日はあまりないらしい。曇り空でも花のあるうちにと、4月2日大岡川へ出かけました。
 大岡川というのは、横浜南部の上大岡・弘明寺方面から南太田・黄金町・日ノ出町そして桜木町で港へとそそぐ小さな川です。桜並木があって毎年大岡川桜まつりが開催されています。
 これが桜まつりの案内図で、右が下流で港になります。

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 上図の一番右、桜木町の弁天橋から川をさかのぼって行きます。

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 川には艀や台船などがごちゃごちゃしていますが、桜はちゃんと咲いています。

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 わざとらしく桜とランドマークを撮ってみました。

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 4月2日、3日の土日が桜まつりで、屋形船をはじめ観光客を乗せたいろんな船が上り下りしています。

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 客相手ではないでしょうけれど、カヌーも遊んでいました。

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 福富町西公園もお祭りです。
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 桜もなかなかのものです。
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 日ノ出町には桟橋があって、遊覧船が出ています。

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 この近くには台船をステージにしてバンド演奏も行われてにぎやかでした。
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 この日ノ出町から黄金町にかけての一帯は、戦前は大岡川の舟運を利用した問屋街だったそうですが、戦後は京浜急行のガード下などにバラック小屋ができ、焼け出された人などが住み着いて、売春・麻薬の町と言われた時代がありました。黒澤明の映画『天国と地獄』にも出てきました。わたしが横浜へやってきた頃もまだ危険な地域とされていました。
 それが時代とともに、大岡川プロムナードの整備や高架の補修工事、警察の大がかりな取り締まりなど地域と行政による環境改善運動が行われ、高架下に文化芸術スタジオができるなど大きく変貌しました。芸術家を志す若者に創作の場を提供し、ワークショップやイベントを常時開催するなど、アートによる街づくりが大きな柱になっています。

 下の写真の右側の建物が現在の京浜急行の高架下で、ガラス張りのちょっとおしゃれなカフェやアートショップなどになっています。 
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 中には美術書中心の古本屋もあったので、またゆっくり来なければいけません。

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 こんなバンド演奏もやっていて、けっこう若い人が来ていました。このあたり、本当に変わったようです。

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 沿道には屋台もいろいろ出ています。
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 宴会をやる場所も別にありますが、ちょっと狭い。隅田川のような大きな川と違って、こちらは川も沿道も狭いのでいたしかたありません。
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 黄金町駅のあたりからは南区になります。

 

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2016年2月25日 (木)

三渓園の梅

 2月19日は暖かい日で、三渓園の梅が見頃だというので行ってみました。

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 正門を入ったところではまだそれらしいものは見えません。

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 右手のハスの枯池にカメラを持った人が大勢いるので、カメラの先を追いかけたら、カワセミがいました。
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 池をまわって、山のふもとの方へ行ってみると、あちこちに梅がありました。

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 なるほど見頃です。
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 白い梅が多いので、そんなに派手ではありませんが、日ざしは暖かいし、もうすぐ春が来ることはたしかなようです。

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 こうやって手前に花、後ろに三重塔というのが三渓園の写真の定番です。

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 臥龍梅(がりょうばい)というのもあります。幹や枝が地をはうように伸びて、伏した龍のようだという意味ですが、こういう品種の梅なのでしょう。

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 三渓園を作った原三渓は日本画家たちのパトロンとしても有名でした。後援された一人、下村観山の「弱法師(よろぼし)」に描かれた梅は、ここの臥龍梅がモデルだそうです。

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 これは旧天瑞寺寿塔覆堂の前の梅です。

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 天瑞寺寿塔覆堂というのは、豊臣秀吉が母のために建てた寿塔を覆うための建物で、重要文化財だそうです。そういえば生前に建てた墓を寿墓(じゅぼ)と言いますね。
 園内にはこういういわくのある建造物を移築したものがたくさんあります。三重の塔は京都からです。三渓の財力に感心する一方、手水鉢までどこそこのなんとかから持ってきたという話を聞くと、そこまではいいんじゃないの、という気もしてきます。 

 これは旧東慶寺仏殿。鎌倉からもってきたものです。

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 円覚寺舎利殿と同じ様式の建物で、雰囲気がよく似ています。屋根のかたちがちょっと違うのは後世修理されたものだそうです。
 東慶寺の元住職井上禅定の本『東慶寺と駆け込み女』(有隣新書、1995)には、仏殿についてこんなことが書いてありました。おもしろいので引用しておきます。

仏殿の三渓園移建
 明治四十年に、東慶寺の仏殿が横浜の生糸貿易商・原富太郎(号―三渓)の所望により三渓園に移された。当時は雨漏りもして荒廃していたが、美術に造詣の深い原三渓の目に叶って再建したら、国宝に指定された。昭和二十年六月、戦災に遭い焼夷弾が落下したが、草葺で土間であったから、不発で屋根に大穴があいた。私は除隊した秋、早速見に行った。仏殿の前庭で米兵がパンパンを抱いていた。国破れて山河もなしの思いがした。三渓園の当主原良三郎氏が鎌倉にあれば無事であったろうに、横浜に移したためにこんな目にあって申し訳ない、もとの寺へお返しするという。それならいただこうということになったが、重要文化財であるから解体も慎重にして一々垂木一本にも番号をつけてとやかましいことを文部省が言う。当時戦災で家はなし、食うや食わずの頃で、文藝春秋社長の佐々木茂索氏等とも相談したが実現せず、その後三渓園は横浜市の所有となり、仏殿はそのまま三渓園で改修して現存するが、東慶寺に返納するという故人の言は、ここに記録しておく。そのうち、この宿願は成就したい。(p162)

 「仏殿の前庭で米兵が」云々の話は、若い人には想像もつかないでしょう。横浜は米軍の占領で苦労しました。

 広いので休憩所や茶店がいくつもあります。
 これは初音茶屋。観梅会の期間は、薪でお湯を沸かして、麦茶が振る舞われています。

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 その昔はこんな風情だったそうで、三渓園を訪れた芥川龍之介

    ひとはかりうく香煎や白湯の秋

という句があるそうです。

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 これは待春軒という茶店、原三渓が考案したという三渓麺が名物です。

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 お茶席で食べるのに、つゆがこぼれないように工夫した、汁なしの麺だそうです。湯飲みは昆布茶で、めんつゆではないので麺にかけないようにと注意がありました。細いうどんのような麺に中華風のあんかけ、というところです。よくかきまぜて食べます。 どちらかというとスパゲッティのような感じです。

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 現在、全国にいろんな麺やスパゲッティが普及し、各種の味が追求されているので、それらと比べると、たいしたことはないと感じる人もいるかもしれません。しかし三渓が考案した頃には他に比べるものもなく、かなりの「珍味」だったのではないでしょうか。わたしはおいしくいただきました。

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 のんびり風景を楽しんで帰りました。

(参考↓)

三溪園のハス
三溪は岐阜の人
原三溪の下駄の鼻緒事件

 

 

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2016年2月18日 (木)

最近の中華街

 春節の獅子舞を紹介したついでに、最近の中華街を紹介しておきます。といっても最新の話ではありません。歳を取ったせいで、昔と比べて中華街も変わったな、と思うことがしばしばあるので、そういうものや場所のことです。

 善隣門から入ってすぐ、右側に見えるのがチャイナスクエアです。

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 これは、観光客を対象にした複合商業施設とでも言ったらいいのでしょうか。お土産や食べ物に、カラオケ、それに「ヨコハマおもしろ水族館」という水族館まであります。これはお笑いの吉本興業のプロデュースで「よしもとおもしろ水族館」という名前ではじまりました。名前が変わったのは、もう吉本は関係ないからなのか、行ったことがないので、そのあたりはわかりません。

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 チャイナスクエアからすぐのところに「横浜博覧館」があります。
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 ここも複合施設です。

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 ここにはなんと「ベビースターラーメン」の店があります。これが「中華」だとは思ってもみませんでした。

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 最近は複合施設が多い。関帝廟通りの奥には八階建ての大きな「横浜大世界」というのもあります。ここにはアート+トリックの「アートリックミュージアム」という施設があります。

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 これらの商業施設は、中華街の外から入ってきた資本がやっているもののように感じられます。
  華僑は、1972年の日中国交樹立以前に来日し定住した「老華僑」と、それ以降、主に「改革・開放」以降に来日・定住した「新華僑」に分類されるそうです。さらに新華僑は、最初の頃に借金して来日した「皿洗い世代」と、裕福になってからやってきた「起業世代」とに分類できると、拓殖大学海外事情研究所華僑研究センターニューズレター№16に書いてありました(渋谷司「日本のチャイナタウン」)。
 新華僑、日本の飲食・観光資本が入り乱れて、中華街に進出してきているようです。それだけ稼げる場所ということでしょうか。

 これは崎陽軒(きようけん)。横浜の有名店ですから、他から来た人はこれが中華街の大通りにあっても不思議ではないでしょうが、もとは横浜駅の駅弁屋でした。今は横浜駅の東口には大きなレストランがあり、ここはシウマイやお菓子などの売店になっています。
 「崎陽」というのは長崎のことです。江戸時代に中国商人が長崎を「太陽の当たる岬」として「崎陽」と呼んだそうで、明治時代の創立者が長崎出身だったことからこう名付けられたそうです。

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 ベビースターラーメンやシウマイ弁当は、日本生まれでもともかく中華料理に関係があります。ところが今や大通りには、こんな店もあります。
 マグロの高価落札で名を売った「すしざんまい」です。

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 この近くには、こんな「倭物やカヤ」という店もあります。

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 寿司とか和物は、ここを訪れる外国人観光客を狙っているのでしょう。しかしこの「蒟蒻しゃぼん(こんにゃく――)」というのは、いったいどのあたりがターゲットになっているのでしょう。植物由来100%無添加の洗顔石けんだそうですが、わたしにはよくわかりません。関帝廟通りにあります。

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 この店は京都や鎌倉など全国の観光地に出店しているようです。全国の有名観光地が同じような土産物の店、同じようなこじゃれた食べ物屋に席巻されています。さすがに中華街はそうはならないと思うけれど、それらしい店もいくつかできています。

 この人形が昔はなかったことはたしかです。フカヒレの入った肉まん=「フカヒレまん」が名物の公生和(こうせいわ)の店頭です。この人形はやっぱり「ふかひれマン」というんでしょうね。

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 この人形には絶句しました。トリの唐揚げ屋ではありません。お粥で有名な謝甜記(しゃてんき)の二号店です。季節に関係なく立っているようです。

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 これは中華料理店ではなく横浜銀行です。横浜銀行の店舗はみんなこのデザインです、というのは嘘です。中華街仕様のATMです。

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