神奈川散歩

2017年5月 4日 (木)

横須賀しょうぶ園

 4月28日(金)、横須賀しょうぶ園で藤まつりをやっているというので行ってみた。

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 ところが駐車場に着くと「藤はまだ一分咲きですが…」と言われてしまった。テレビなど、あちこちで藤が盛りと紹介しているので、ここも大丈夫だろうと来てしまった。まあしょうがない。

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 中はかなり広い。3.8ヘクタールあるそうだ。手前にしょうぶ園、山側に藤があるようだ。なるほど藤の色が薄い。

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 しょうぶ園はまだ手入れの最中だ。

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 山の上から見たところ。
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 まだこんな段階のものもある。

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 それでも一分咲きよりはいいかもしれない。ちゃんと咲いている藤もある。全体として、あと一週間後が見頃ということろか。

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 咲いているところを拡大してみれば立派なものだ。
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 色変わりもある。
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 白藤。
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 あれ、こんな大木が――と思うと、

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 横から見ると、こんなに薄い。

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 他にもいろんな花が咲いている。
 オオデマリ。

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 これはモッコウバラ(木香薔薇)というそうだ。
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 シャクナゲ。
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 ツツジは、今どこへいっても鮮やかだ。

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 天気も良く、広い園内を歩いていると汗ばんでくる。

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 もうすっかり新緑の季節になっている。
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2015年12月 3日 (木)

藤沢の遊行寺

 11月28日は藤沢へ行く用があったので、ついでに遊行寺(ゆぎょうじ)へ行って「国宝一遍聖絵」を見てきました。

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 これが惣門で通称「黒門」と呼ばれているそうです。

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 門に掲げられているとおり、時宗の総本山で、正式名は藤澤山無量光院清浄光寺(とうたくさんむりょうこういんしょうじょうこうじ)」と言うそうです。遊行上人のおわす寺ということから「遊行寺」と俗称され、そちらの方がずっと有名です。
 総本山ですから敷地も広い。境内に隣接して、遊行寺が経営している藤嶺学園(とうれいがくえん)の中学高校があって、生徒たちが三々五々通り抜けて行きました。
 参道の坂は意石段が四十八あるので「いろは坂」と言うそうですが、ゆるくて長いので段差をほとんど意識しませんでした。

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 参道の奥には大きな銀杏があって、鮮やかに黄葉していました。
 きれいに晴れ渡った日で、藤沢駅前のビルからは富士山がきれいに見えました。

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 本堂の右手前に一遍上人像があります。

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 これが本堂です。

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 いろんな建物があります。今回は展覧会を見に来たので、ざっと見ただけです。
 中雀門

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 放生池

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 この池は、元禄時代徳川綱吉の「生類憐れみの令」により江戸市中の金魚が集められ、ここに放生されたという由緒があるそうです。そのころ江戸からここまで金魚を死なせないように運ぶのは大変じゃなかったかと心配になります。現在、もう金魚はいないようでした。

 他にわたしが気になったのは、まず小栗判官(おぐりはんがん)と照手姫(てるてひめ)の墓です。小栗判官と照手姫の伝説は浄瑠璃や歌舞伎でも演じられ、いろんなストーリーがあるようなので、勉強しないとよくわかりません。今回は墓の紹介だけしておきます。

 これが小栗判官の墓。 

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 こちらは小栗判官の死後、仏門に入った照手姫が遊行寺内に結んだという草庵が起こりであるという長生院。「小栗堂」という額がかかています。

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 長生院の裏にあったのが照手姫の墓です。

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 もうひとつ気になったのがこれ。板割浅太郎(いたわりのあさたろう)の墓です。

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 最近の若い者は知らないだろうけれど、国定忠治の子分です。浅太郎は、忠次に身の証をたてるために叔父勘助を斬ってしまい、その子勘太郞を赤城山へ連れてきて「赤城の子守歌」という講談や時代劇の名場面になります。この話、実際とはだいぶ違っているようですが、詳しくは勉強しないといけないので、またあらためてということにします。
 ともかくこの墓に脇にある看板によれば、赤城山の後、浅太郎は足を洗って仏門に入り、やがて遊行寺の堂守となり、さらにここにあった貞松院の住職にまでなった。僧名を列成(れつじょう)と言った、ということです。

 「国宝一遍聖絵」展は、この遊行寺宝物館でありました。

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 このチケットの絵は、第十二巻第三段一遍往生の場面です。場所は兵庫の観音堂で、遊行寺ではありません。わたしは、なんとなく遊行寺は一遍が開いたお寺だと思っていたのですが、遊行寺の開山は時宗第四代の吞海上人だそうで、一遍はこの寺と直接の関係はなかったのでした。よく知らないことばかりです。
 

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