なむや文庫雑録

2017年10月19日 (木)

枝野を見に行く

 衆院選は現在、自公大勝、希望尻すぼみ、立憲民主躍進と予想されている。
 立憲民主の枝野党首がやってくるというので、10月16日雨の中を、大船駅東口まで行ってみた。
 駅の前は、これまでここでは見たことのない人だかりになっていた。広場などない。ただの階段下の狭い空地が会場で、雨が降っているからみんな傘をさしていて、よくわからない。

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 ショッピングモール2階のデッキ通路へ行ったら、カメラを持っていたせいか、親切に場所を変わって写真を撮らせてくれた人がいた。ようやく様子がわかった。真ん中の白いジャンパーが枝野幸男氏、隣の黄色いのが立憲民主党神奈川4区の候補者早稲田夕季氏である。

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 また下へ降りて、道路の向こうの商店の軒下で演説を聴く。ときどき群衆の隙間から枝野氏の顔が見える。 
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 狭いうえ、雨は降るし、音響もよくない。聴衆に良い状況とはいえなかったが、人は増えこそすれ減らない。寒いくらいのせいか熱気は感じなかったが、集中して演説を聞いている人が多かった。電車に乗り降りする人は通路をふさがれてたいへんだったろう。

 ここでの演説内容については、ちょうど産経ニュースに「【衆院選】「格差拡大、貧困深刻」立憲民主の枝野幸男氏が神奈川県でアベノミスク批判」という記事があった。

 新党「立憲民主党」の枝野幸男代表が16日、神奈川県鎌倉市のJR大船駅東口で応援演説を行った。冷たい雨が降る中、集まった約600人の聴衆を前に、枝野氏は「格差が拡大し、貧困が深刻化している。長時間労働や過労自殺を見逃し続けたから社会は不安定になった」とアベノミクスを強く批判した。

 続けて安保法制と集団的自衛権が採決されたことを上げ、「民主主義の本当の意味は、主権者である国民が多数決で決めるということ。立憲主義を今さら言わなければならないのは、本当にみっともない」と切り捨て、「草の根からの民主主義と経済の再生、社会を下から支えて押し上げる、新しい選択肢を掲げているのが立憲民主党だ」と、支持を求めた。

 また、「急がなくてもいい大型公共事業に回している税金を、いま急がなければならない介護や保育に回すべきだ」と訴えた。http://www.sankei.com/politics/news/171017/plt1710170006-n1.html

 枝野氏は声がよくて演説がうまい。落ち着いた口調でよどみなくはっきりしゃべる。難しい漢語が少なくて内容もわかりやすい。激烈な口調で煽るようなこともしない。
 惜しむらくは、まじめ一方でユーモアに欠ける。優等生の模範的な作文を聞かされているような気がしないでもない。リアルな政治の世界でどこまで通用するかと、ちょっと心配になる。

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 演説終了後、大船の街の練り歩きが始まった。わたしも握手してきた。
 雨の中、たくさんの人がついて歩いている。枝野の街頭演説にはどこでも大勢集まっているという。民進党が分裂したことで、これまでずっと右側勢力に押さえつけられていた左バネが少し戻り始めたというところか。

 

 

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2017年10月16日 (月)

予約後九カ月

 こんなニュースが流れている。

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  文藝春秋の社長が、図書館で文庫を貸し出すのはやめてくれ、文庫本の売り上げに影響がある。文庫本ぐらいは自分で買って欲しいと訴えたということだ。
 しかし今図書館で文庫を読んでいる人たちが、図書館に置かなくなったら新刊の文庫を買うようになるのかどうか、きわめて疑問だ。
 文庫に出版社の収益がかかっているというが、名作を文庫にするという昔のやり方を変えて、新刊を名作駄作関係なしにすぐ文庫にしてしまうようにしたのいったい誰なのか。
 そもそも文庫に限らず本が売れなくなったのは、スマホなどの普及とか少子化とか他の理由の方が大きいのではないか。

 図書館のおかげで本の売上が減るという主張は以前から繰り返されてきた。
 特にベストセラー小説などは、殺到する市民からのリクエストに応えるため、図書館が何十冊も買い込んで提供することから「複本問題」と呼ばれて、昔から問題にされてきた。
 横浜市は18区あって図書館も18あるが、渡辺淳一の『失楽園』がベストセラーになったころには、横浜市の図書館全部で上下100組以上所蔵していることが取り上げられた。けしからん、図書館は無料貸本屋かと問題になった。(これには「あんなエロ小説を!」という話も付随していたと思う。)

 ちょうど今月の6日、近所の地区センターから、わたしが図書館に予約しておいた本が届いたという連絡があった。
 横浜市の図書館は便利になって、インターネットで予約ができ、場所によっては図書館以外の近所の施設まで配達もしてくれる。わたしは喜んで利用させてもらっている。
 今回届いた本は、宮部みゆき『三鬼』(日本経済新聞出版社、2016)である。

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 宮部みゆきの新刊はたいていベストセラーリストに入る。図書館でも人気だ。
 この本の刊行は2016年12月9日でわたしが予約したのは2017年1月8日だった。このとき予約の順番は601番、つまりわたしの前に順番を待っている人が600人いたわけだ。それが順々に消化されて、ようやくわたしの順番が回ってきたのは2017年10月6日。約9カ月かかったことになる。長い。
 わたしが予約を入れた時点では、横浜市の在庫は全市で14冊だったが、現在の在庫をみると45冊に増えている。予約リクエストに応えるために増やしたものだろう。ちなみにわたしが借りた後の現在でも500人以上の待機者がいる。

 この45冊の在庫は多いか? 45冊ずらっと並んだところを想像するとずいぶん多そうだが。横浜市の人口は(平成29.10.1推計)3,733,234人。人口当たりにすると、3,733,234人÷45冊≓82,961人に1冊。約83,000人ぐらいの都市を調べてみると、秋田県大仙市、熊本県天草市、兵庫県豊岡市、埼玉県行田市といったところが並ぶ。
 これらの都市の図書館に新刊の宮部みゆきを1冊購入したとして、それは問題になるようなことだろうか。借りる方だって9カ月待つのだ。図書館の役割とか存在意義を考えてみれば、許容範囲というか、あたりまえのことではないか。
 出版社だって、図書館に1冊も本が置いてない作家より、たくさん置いてある作家の方が売れるのではないか。
 

 出版社の理屈でいくと、図書館が貸し出さなければ『三鬼』は、これまでに横浜市で約600冊余計に売れていた筈であり、予約残りの分も含めれば千冊以上の売れ行きを逃した、図書館はけしからんということになる。
 しかし前にも書いたように、これらの読者が全部、図書館になければ自前で買ったかどうかはきわめて疑問だ。図書館で借りられるから読んでいるという人が多いのではないか。
 わたしは買わない。この本の定価は1,800円。宮部みゆきは好きな作家だけれど、新刊が出る都度買い込むほどではない。それに現在では新刊から3年くらいで文庫に入る。文庫に入る頃には、単行本はブックオフで100円で売っていたりもする。財布と相談すれば、少し待ってから読もうということになる。
 文庫が出版社の収益の基礎だからという話には、3年くらいの短期間で売れそうなものはみんな文庫に入れてしまうからじゃないかと言いたくなる。
 本が売れない売れないと言いながら、都心の大型書店へ行くと、やたら売り場面積が広くて、色とりどりのいろんな本が所狭しと並べられ積み上げられている。めまいがするくらいだ。最近は鞄だのなんだのいろんなオマケ付きの雑紙まで出ていて驚く。手を変え品を変えこれだけの点数を出版し続けていて、売れないから出版不況だ、図書館はなんとかしろというのはお門違いだろう。
 図書館で本を借りる理由には、本を買い続けていると家に置く場所がなくなるということもある。たまった本を紐で縛って廃品回収に出したり、ブック・オフのような店に持っていったりしていると、図書館で借りられるならそちらの方がいいということになってくる。
 本の好きな人はいろんな事情がある中でやりくりしながら本を読んでいる。その中で出版社も、どのようなかたちで本を届けるか、考えていくしかないだろう。一方的に、こちらの栓を閉めてしまえば向こうの蛇口からたくさん出てくるというわけにはいかない。

 出版社の話ではないけれど、著作権について内田樹が書いた文章を引用しておく。無償で読む読者が増えれば有償で読む読者も増えるだろう、という話だ。
(内田樹の研究室「読者と書籍購入者」から)http://blog.tatsuru.com/2009/01/07_1103.php

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もの書く人間は「購入者」に用があるのか、「読者」に用があるのか。
私は「読者」に用がある。
読者の中には「本を購入しない読者」がいる。
図書館で読む人も、友だちから借りて読む人も、家の書架に家族が並べておいた本を読む人も、ネットで公開されたものを読む人も、さまざまである。
どれも「自分では本を購入しない読者」たちである。
だから、彼らの読書は著作権者に何の利益ももたらさない。
けれども、おそらく「本読む人」の全員はこの「本を購入しない読者」から、その長い読書人生を開始しているはずである。
私たちは無償のテクストを読むところから始めて、やがて有償のテクストを読む読者に育ってゆく。
この変化は不可逆的なものであると私は考えている。
私たちの書架にしだいに本が増えてゆくにつれて、そこにはある種の「個人的傾向」のようなものがくっきりと際だってくる。
書架は私たちの知的傾向を表示する。それは私たちの「頭の中身の一覧表」のようなものである。
だから、「本読む人」は必ず「個人的な書架」を持つことを欲望する。
その場合書架に並べられるのは、おおかたが購入された書物である。
図書館の本や借りた本やネットで読んだ本はそこにずっと置いておくことが出来ないからである。
もし物を書く人間に栄光があるとすれば、それはできるだけ多くの読者によって「それを書架に置くことが私の個人的な趣味のよさと知的卓越性を表示する本」に選ばれることであろう。
「無償で読む読者」が「有償で読む読者」に位相変換するダイナミックなプロセスにはテクストの質が深くコミットしている。
「この本をぜひ私有して書架に置きたい」と思わせることができるかどうか、物書きの力量はそこで試される。
原理的に言えば、「無償で読む読者」が増えれば増えるほど、「有償で読む読者」予備軍は増えるだろう。
だから、ネット上で無償で読める読者が一気に増えることがどうして「著作権者の不利」にみなされるのか、私にはその理路が見えない

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 宮部みゆき三鬼』は期待にたがわず面白い本だった。
 江戸は神田の商店のお嬢さんが、奇怪な体験をした人たちから話を聞き取っていく「百物語」シリーズの第四巻。怪談話が民話のような風景を思い起こさせる。
 おすすめします。お金に余裕のある方はどうぞ新刊を購入してお読みください。

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2017年10月 9日 (月)

小池出馬は?

 床屋政談は忙しい。10月1日に「フリン解散」を書いたあと、10月2日には立憲民主党ができた。この間の民進党の候補者を選別排除する動きから、希望の党の人気にも翳りが出てきて、当初の安倍対小池の政権選択選挙にはならなくて、民進党が解党しただけで、結局自公は過半数を維持しそうな勢いになってきた。
 わたしが必ず出ると予想した小池知事の衆院選出馬も見送り、という雰囲気になってきた。  
 選挙の方は、希望の党独自の候補者は中身がなくて風頼みばかり。民進党からの候補者は、もともと危ないから逃げてきた人が中心だから、どれほどの成果が上がるか疑問が残る。どれだけの風が起こるか不安だ。
 都政を放り出したという批判を避けるためには、それなりの後継者を立てなければならない。それも地味な元官僚などではなく、取り沙汰された野田聖子代議士クラスの有名人でなければならない。それが見つからない。
 ここでさらに風を起こすためには知事自身の出馬が必要だが、このまま出馬して、選挙に大勝ちできなければ最悪の結果になると読んだのか。一歩引いて、知事の座を確保したまま、選挙結果を見ての合従連衡に賭けようということだろう。

 しかしこれは甘い。今出馬しなければ小池旋風は次第に衰え、選挙結果もぱっとしないだろう。
 その後の合従連衡といっても、少ない議員では大きな力は持てない。その議員も元民進党の面々が中心になるだろうから、都民ファーストのような素人集団と違って、そうそう小池知事を畏れ敬ったりはしない。威令は行き届かず、早晩また選別排除が起こり分裂する。
 小池知事、自分の力を過信しているのではないか。外面をつくろうことはできても、組織の地道な運営のような面倒な仕事は苦手なようだ。
 東京都政についても、豊洲・築地がどうなるか。都庁の役人をうまく使っているようには思えないところへ、今回の件でメッキが剥げてきて「面従腹背」が増えそうだ。さらに「ファースト造反者」が出た都議会は今後どうなるか。造反者がさらに増え、自民党の抵抗が強くなることが予想される。
 現在は、誰かにあとの面倒を託して逃げ出す絶好の機会だ。
 だから、わたしはまだ、明日10日、衆院選に突然比例区一位で出馬するのではないかと思っている。そうしなければ、この後は小池知事の没落の始まりとなるだろう。
 床屋政談、衆院選の怪の巻。はたしていかがなりますことやら。

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2017年10月 2日 (月)

フリン解散

 9月28日に衆議院が解散。解散が本決まりになってから、あっという間に、誰も予想しなかった安倍対小池の政権選択選挙という話になってしまった。

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 床屋政談として、今後の見通しについて一言あるべきところだが、こんなことになるとは思っていなかったうえ、民進党の希望の党への合流がどうなるとか、まだわからない。安倍首相も解散を決めた時には、今回の選挙が、小池新党との政権選択選挙になるとは考えていなかったのではないか。

 この解散を「国難突破解散」とか「疑惑隠し解散」とか言っているが、わたしは「フリン解散」と呼びたい。

 まず第一に、解散の引き金を引いたのが、民進党山尾議員の不倫疑惑事件だったこと。むろん10月解散説はその前からあったし、安倍首相はずっと機会をうかがっていた。その上で、巷間言われているように、森友・加計問題や北朝鮮のミサイル、民進党の自壊状況などを総合的に判断して、解散を決断したのだろう。
 ただ山尾議員の問題がなく、民進党が前原代表・山尾幹事長の新体制で順調に船出していたとしたら、この時点で解散していたかどうか疑問が残る。山尾問題で民進党は壊滅しそうだ――これが安倍首相の背中を押した、と考えられる。フリン解散だ。

 第二に、これも巷間言われていることだが、解散に大義がない
 不倫というのは本来「人倫にもとること」「人の道にはずれること」であり、これまでの国会の流れを無視して、今なら勝てる、勝ちさえすれば万事OKと自分の都合で解散してしまうのは、人の道にはずれるのではないだろうか。
 金だってかかる。700億円だそうだ。余程のことがなければ四年間隔でいいものを、自分勝手な都合で二年や三年でやるな。税金の無駄遣いだ。
 安倍首相は、森友・加計問題を追及されるのがどうしてもいやだったんだろう。しかしまさか自分の進退が問題になるかもしれない選挙になってしまうとは思っていなかっただろう。人の道をはずれると思わぬことが起こる。

 第三は、小池都知事の都政投げ出し。まだ投げ出していないけれど、投げ出さなければ大勝負はできない。近いうちそうなる。
 豊洲も築地もオリンピックもろくに仕事をしていないのに、絶好の機会到来と、面倒なことは全部放り投げて国政に乗り出す。これも人の道としていかがなものか。
 あっという間に政局の中心に居座ってしまった勝負勘と度胸には驚く。ここまで先導者のつもりでいた若狭議員も細野議員も、「リセット」の一言で単なる「パシリ」にすぎないと全国的に明らかになってしまった。そう言われても若狭・細野両議員は今さら引き返せない。そこまで読んでの発言なのだろう。
 このあたりの動きが鮮やかといえば鮮やかなので、マスコミがちやほやするのだろうけれど、言うことはいつもあいまいで、具体的な中身がない。マスコミも記者会見でもう少し突っ込んでみたらどうか。東京新聞の望月記者との対決を期待する。
 ふつう、自分のことを「AI」だと言い出したりしたら、まわりの人は心配になって病院へ連れて行ったりするもんじゃないか。機械の道は人の道ではない。

 第四はもちろん前原民進党の身売り。希望の党へ金も人も差し上げます。気に入らない人間はお好きなようにお切り下さいは、いくらなんでもひどい。
 戦国時代の大名なら有利な方へ寝返るのも才覚のうちだが、とても民主政党の代表がすることとは思えない。国会議員たちがそろって賛成したのはいかなる理由によるのか。代表も国会議員も、いったい支持者をなんと心得ているのか。せめて、丁寧に説明して、きちんと解党してから、それぞれ右でも左でも好きな方へ行くべきだろう。人の道だよ。
 「トロイの木馬」になるという話もあるようだが、引かれ者の小唄だ。小池勝負師相手にそんな芝居をうてる役者がいるのか。
 ついこないだ横須賀の三笠公園へ行って日露戦争の戦艦三笠を見てきた。東郷平八郎が連合艦隊司令長官に選ばれたのは、「東郷は運がいい」という評判があったからだそうだ。前原は前の代表時の偽メール事件や今回の山尾幹事長不成立を思うと、「持っていない」人じゃないかと思われる。緑のタヌキのおばさんに化かされて、民進党はこれで溶けてなくなりそうだ。

ということで名付けて「フリン解散」。世間には広まりそうにないが、あらためて現今の政治家たちのレベルを思い知らされた。
 床屋政談としては格好の話題で、ネタも豊富だが、素材が悪いので、いい料理には仕上がりそうにない。ちょっと前にはこんなツイッターも流れていた。まったくゴッタ煮だ。

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 これを書いたのは10月1日、さてこれからどうなるか。前原代表、ちゃぶ台返しはできそうにない。結局解党になりそうだ。

 

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2017年9月25日 (月)

京都で会津

 最近の週刊文春に、某政治家がらみで会津小鉄会の名前が出てきた。有名な暴力団である。昔、初めて名前を見たときには、「会津」というから福島県あたりの暴力団なんだろうと思った。京都が本拠地で、幕末から明治維新の頃に有名だった侠客の親分「会津の小鉄(あいづのこてつ)」に由来する名前だと知ったのは、ずいぶんたってからのことだ。
 侠客の名前に地名がかぶさるのは、「清水の次郎長」や「吉良の仁吉」のように、出身地や根拠地だと思っていたが会津の小鉄は、幕末に京都守護職として京都の治安維持にあたった会津藩のもとで、人足の口入れ屋をやっていたことからきているそうだ。

 何年か前京都へいったとき、黒谷の金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)へ行った。幕末に会津藩の本陣があったところである。

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 ここには「會津藩殉難者墓地」があって、そこに会津の小鉄の墓もあるそうだが、このときは腰痛を発症してしまったので、そこまでは見られなかった。
 帰ってしばらくたってから、飯干晃一の『会津の小鉄』という小説を読んでみた。

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Photo_2              (1986、角川文庫)

 カバーの袖にはこうある。

 幕末から明治維新にかけての動乱の時代。関東の大前田英五郎、東海の清水次郎長と並び称された大侠客会津の小鉄―血なまぐさい事件が頻発する京都で、会津藩部屋総取締役となった小鉄は、徳川の“葵の紋”と近藤勇に己の生命を賭けていった。多くの手下をつかい池田屋襲撃の手引きなどで暗躍し、その侠名を轟かせた。
 だが、ついに訪れた“葵の紋”の落日、幕府の崩壊は、激しく生きた小鉄自身の落日でもあったのだ…。丹念に資料を掘り起こし取材して侠客の生涯を描いた著者会心の傑作史実小説。

 飯干晃一は『仁義なき戦い』などのヤクザもので有名な作家である。会津の小鉄を、幕末の動乱の時代を自分の信念に従って生き抜いたヒーローとして、痛快に描いている。おもしろく読んだ。
 エンターテインメント小説である。侠客賛美だなんだと言ってもはじまらない。それに幕府や藩の動きなどの史実については、丁寧に調べて書かれているようだ。幕府や会津の側から歴史を見たかたちにもなっている。

 金戒光明寺には会津藩士1,000名が駐在し、その活動や生活を支える「会津部屋」が置かれた。今で言う兵站―ロジスティックス部隊というところか。その会津部屋の総元締めがやはり侠客の大垣屋清八(大澤清八)で、上坂仙吉(こうさかせんきち)は、その下の総取締りだった。以来、上坂仙吉は「会津の小鉄」と呼ばれるようになった。
 「小鉄」の方は、身体が小さかったからという話と、近藤勇と同じく「虎徹」の名刀を愛用していたからという話があるようだ。
 上方でヒットしたという初代京山幸枝若の浪曲では「本名上坂仙吉は、さした刀が長曽禰虎鉄、部屋と刀があだ名となって…」と歌われている。(https://www.youtube.com/watch?v=eGKZwoXSsSs&t=184s

 また金戒光明寺のHPの「会津藩と黒谷と新選組」というページには、会津の小鉄について次のように書かれている。

會津藩が鳥羽伏見の戦いで賊軍の汚名を着せられ戦死者の遺体が鳥羽伏見の路上に放置されていたのを子分二百余名を動員し、迫害も恐れず収容し近くの寺で荼毘に付し回向供養したという。以後も、小鉄は容保公の恩義に報いんが為に黒谷會津墓地を西雲院住職とともに死守し、清掃・整備の奉仕を続けたという逸話が残っている。(http://www.kurodani.jp/roots/index.html

 これは清水の次郎長が、明治元年に、幕府の軍艦が清水港内で攻撃を受け沈没させられたとき、政府の意向に逆らって、湾内の屍体を拾い集め、手厚く葬ったという逸話に匹敵する。
 そういえば阪神淡路大震災のとき山口組が炊き出しをやったという話もあった。これを含めて日本ヤクザの三大義挙というのは言い過ぎだろうか。

 現在の暴力団会津小鉄会というのは、幕末の会津小鉄からの直接の継承ではなく、途絶えたものを名称復活させたものらしい。
 NHKの大河ドラマ「八重の桜」は幕末の会津藩をあつかったドラマなので、会津の小鉄も出てきたかと思ったが、出てこなかったようだ。ただ会津部屋元締め大垣屋清八は出ていて、松方弘樹が演じたという。(わたしはこのドラマはほとんど見なかった。)
 この大垣屋清八の養子大沢善助は、同志社の新島襄から洗礼を受けてクリスチャンとなり、組稼業は会津小鉄に譲ったという。のち大沢商会を起こし、京都電鉄社長や京都府議会議長にもなった。こちらも八重の桜には出てきたらしい。
 足を洗い、出世した方はいいけれど、さすがに現役暴力団の名前は出すわけにはいかなかったということか。

 

 

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2017年9月18日 (月)

トランプ予言2

 以前「トランプ予言」というのを書いてみた。
1 トランプの政策はうまくいかない。
2 流れは変わる。
3 4年の任期をまっとうできない。

 というものだった。今のところ順調に、事態は予言の方向に動いているようだ。

 そこで先月、次のようなトランプ予言の第2弾を書いてみた。しかし、これは「日本にとって最悪の事態」と言われていることなので、バカなことを言うなと怒られるかと、出さないでおいた。
 ところが最近北朝鮮の核実験、ミサイルと続いた結果、こうなるのではないかという意見もぼちぼち見られるようになってきた。それでとりあえずこれも出してみることにした。
 ただし、これも床屋政談の予言で根拠はないので、当たったときには「ドーダ!」と言わせてもらうけれど、はずれても責任はとらない。
 ずばり言う。

トランプは北朝鮮の核保有を承認する

1 トランプは北朝鮮に興味はない。
 まず考えるのは、トランプはもともと北朝鮮に何の興味も持っていなかっただろうということ。石油が出るわけでもなし、大きなビジネスの相手にはならない。アジアの文化や歴史に興味もない。黒電話頭のお兄さんが気を引こうとミサイルを射ったり核実験をしたりするものだから、いやいや相手をしているだけだ。ほとんどどうなってもいいと思っているだろう。

3 内政がうまくいかず大変だ。
 政府の陣容も整わず、公約がちっとも実行できず、北朝鮮なんかにかまっていられない。戦争を起こして内憂をごまかすと言っても、アメリカにとって北朝鮮はそれほどの外患だろうか? ミサイルがアメリカ領を誤爆しない限りアメリカ人は北朝鮮を問題にせず、命をかけようとはしないだろう。

3 戦争はコストがかかりすぎる。
 その程度にしか思っていない国を相手に戦争をしても得られるものはない。負けることはないけれど、莫大なコストがかかり、多数の人命が失われるリスクがある。主に被害を被るのは韓国や日本だからといって、アメリカが無傷ですむわけはない。
 始めてしまえば局地戦で終えることができるかどうかわからない。斬首作戦がうまくいったとしても、その後の統治をどうするのか。中国、ロシアが出てきてややこしいことにならざるをえない。イラクがいい例で、治まらないで内戦、難民ということになればさらにコストがかかる。

4 核保有を認めるのが一番楽な選択である。
 核を持たせて北朝鮮がおとなしくなるのなら、それが一番楽な選択で、手っ取り早い。これ以上の拡大を禁じるとかなんとか条件をつけておけば、苦渋の決断とか言って評価してくれる勢力もいるだろう。

5 「改革開放」のアメはきくかもしれない。
 米朝国交を復活させ、北朝鮮に「改革開放」の風を吹き込めば、北朝鮮の経済が発展して国情が安定するかもしれない。あるいはクーデターの可能性が高くなる。アメリカの貿易にも多少の寄与はある。

6 アメリカの軍産複合体はもうかる。
 北朝鮮の核保有を認めることで、日本や韓国に抑止力を高める必要が生まれ、大量の各種兵器―核兵器を含め―売り込むことができる。
 トランプは軍産複合体とは違うところから出てきたが、これを餌に、内政について取引ができるかもしれない。
 まず日本が核兵器を持つというのは大変な話だが、これはまた別の話。
 韓国も日本も核を持つようになったら、そのうち台湾も、インドネシアも、ベトナムも…という話になりそうで大変だが、これもまた別の話。

 他国のことを考えなければいいことだらけである。最大の欠点は

アメリカのメンツがつぶれ、チキンレースに負けたチキン野郎になってしまうこと。

 トランプがこれを呑むかどうか。
 日本や韓国がやめてくれといっても、トランプはそんなことは気にしないだろう。
 メンツがつぶれても、それはこれまでのオバマの対応が悪かったせいにすればいい。わたしは、商売人トランプは、呑むとみる。

 もう一回言っておくけれど、わたしはジャーナリストでも国際政治学者でも政治家でもない。ただの床屋政談のじいさんである。だから、根拠はないし、はずれても責任はもたない。

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2017年9月 4日 (月)

右も左もわからない2

 わたしの若いころは、こういう左から右への区分が一般的に了解されていた。

極左(中核・革マル派など)―共産党―社会党―民社党―公明党―自民党―右翼諸派

 この配置図をもとに政党をみる癖がついているから、最近のネットでの罵詈雑言がよく理解できなかった。
 ツイッターをたまにみていると、政治的な発言にはよく反対派からの罵倒の言葉が投げつけられている。中には読んでいると胸が悪くなってくるようなものもあるから、そんなに一生懸命は読まないようにしているが、その罵倒のうちに「極左日教組」とか「極左共産」とかいう言葉がある。ときどき民進党まで「左翼」と呼ばれている。
 いったいこれはなんだ。日教組のどこが極左だ。教員の組織率も下がってたいした活動もしていないだろう。それが諸悪の根源のように言われたりする。そんなに日教組が強いなら教員の過重労働が騒がれることもあるまいに。なんで民進党が左翼なんだ。前原新代表と自民党とどこが違うのか。年寄りにはよくわからない。
 そう感じていたが、若い人にはわれわれのような左右の政党配置図がないのだと知ってなんとなく納得がいった。「極左」というのは左翼の中で最も左に位置するという属性を示すのではなくて、「左翼」の単なる強調語なのだ。思想は関係なく政府に反対するのが「左翼・サヨク」で、「左翼」という言葉そのものが悪口になっている。「悪―極悪」、「左翼―極左」ということらしい。

 この、思想に関係なく政府に反対するのが「左翼」あるいは「サヨク」で、それがけしからん、という考え方が、ネット界隈ではかなり力を持っているらしい。
 最近違うニュースで週刊誌を騒がした今井絵理子参議院議員は、その前にこんなツイートを発していた。

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 「批判なき選挙、批判なき政治」?? ――大政翼賛会? 
 「子どもたちに堂々と胸を張って見せられるような選挙応援? ――今の選挙応援はそんなにひどいのか?
 ネットでは、意味がわからない、おかしいと炎上する一方、こういう考え方をする若者もたくさんいるのだという解説もなされた。
 そういう若者たちにとっては、「批判」は和を乱すとか喧嘩を売るという意味になるのだそうだ。理屈も事実の検証も関係ない。ともかく政府を批判するやつはみんな「サヨク」でけしからんということになっていくらしい。そして政府の足を引っ張るから「反日」ということにもつながっていくようだ。若い者の気持ちをわかってやれと言われても、とてもわかってやれない。

  『日本会議の研究』の著者菅野完によれば、日本会議に結集する人々をまとめているのは「なんとなくサヨクは嫌いだ」という気分なのだそうだ。
 日本会議の上層部にはそれなりの思想や理論があるけれど、動員されて集まってくる各種の宗教団体などには団体固有の思想信条があって、そういう理論に惹かれて集まっているわけではない。それぞれの団体に共通するのは「なんとくサヨクは嫌いだ」という感情で、それを基にしたゆるい集まりにすぎない。実際に武道館の1万人集会などに各団体が動員した観光バスで集まってくるのは、久しぶりの東京見物を喜んでいるような年寄りたちが大半で、先鋭な政治意識を持った人々などではないという。(https://www.youtube.com/watch?v=oSmOHazng68
 しかしこうした運動を通じて、選挙の集票マシーンとして大きな役割を果たすようになり、それを利用する政治家を次第に取り込んでいった結果、大きな影響力を持つようになったということらしい。
 菅野のこの説が正しいのかどうか、わたしに検証はできないけれど、批判が嫌いな若者たちもそのうち一緒に動員されるようになっていくのだろうか。

 右でも左でも、論理の筋道をたどることや事実の検証をおろそかにして、感情だけで政治を動かすのは危ない。

 

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2017年8月31日 (木)

右も左もわからない

 8月11日読売新聞に載った読売・早大共同世論調査の「年代別にみた「保守・リベラル」のイデオロギー認識図」が衝撃的だった。
 図の上の方、18-29歳の回答者では、維新が一番リベラル、それから自民、民進、共産が真ん中あたりで固まって、公明がずっと離れて保守、ということになっている。
 30歳代でも維新がダントツにリベラルで、真ん中あたりが民進、それから共産と民進が同じくらい保守で、やっぱり公明が一番保守に位置づけられている。

 おいおいいったいこれはなんだ?

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 下の方の60歳代、70歳代の認識をみると、左から共産党、民進党、維新または公明党、自民党という順番になっていて、まあ、われわれ年寄りにはだいたい納得がいく。イデオロギーをもとにした左翼から右翼への並び方として一般に認められてきた配置図である。
 それがいつの間にか若い人たちは維新をリベラルととらえ、共産党を保守よりの政党だと考えるようになったらしい。
 新聞の解説はこれを、若い人は、イデオロギーには関係なく、「変えようとしない勢力」を「保守」とみなしているからではないかという。
 それで共産党は憲法も何も変えようとしない「保守」で、道州制やら都構想を訴える維新が最もリベラルだということになるらしい。

 なるほど、そう言われればそうかとも思う。冷戦の終結で左翼右翼の区分の意味がなくなったというのは、そのとおりだとも思う。しかし共産党が保守で維新がリベラルという発想にはとてもついていけない。この図を見て、右も左もわからなくなってきた。

 ともかく最近の若い人たちの頭の中には、われわれ年寄りのような左翼から右翼までの政界分布図は存在していないと考えたほうがいいのだ。

 

注 上の図の問
Q 政治的立場を表すために、「保守的」とか「リベラル」という言葉が使われます。10がリベラル、0が保守的だとして、あなたの政治的立場はどこにあたりますか。また、5つの政党と、無党派層と呼ばれる人々の政治的立場はどこにあたると思いますか。それぞれ、最も近いと思う数字を○で囲んで下さい。
(その他の調査項目等は→http://namuyabunko.cool.coocan.jp/links.html)

 

 

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2017年8月28日 (月)

江崎大臣

 8月25日(金)朝のNHKニュース、新大臣へのインタビューに江崎鉄磨沖縄北方担当が出ていた。この人の選挙区がわたしの郷里であるという縁で、わたしは以前から知っていたが、全国的にはほとんど知られていなかった。それが初めて大臣に就任したと思ったらあっという間に有名人になってしまった。

 その原因が失言からというのは、もと地元民としてはちょっといただけない。

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http://www.asahi.com/articles/ASK864F4ZK86OBJB001.html

 地元の祝賀会の後での話だというから、「答弁は大丈夫ですか」と聞かれて、ついつい本音をしゃべってしまったものだろう。酒も入っていたかもしれない。
 「しっかりお役所の原稿を読む。立ち往生より、答弁書の朗読かな」
 この発言でマスコミの注目を集め、自民党の上層部からは、下手なことをしゃべらないように厳重注意されたようだが、続けてあれこれ書かれることになってしまった。

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 「日米地位協定見直し」の話は、朝日新聞の「天声人語」にも「江崎鉄磨氏の「正論」」と題して取り上げられた。http://digital.asahi.com/articles/DA3S13080449.html?rm=149
 無論天声人語は、江崎大臣の本気の主張として取り上げているわけではなく、ついつい口が滑ってしまったのだろうけれど、そう言ったからには覚悟をもって正論を吐いてほしい、というのが結びである。
 週刊文春には「不適任だというなら、いつでも私(大臣を)辞めてやるから」と言ったと書かれた(http://bunshun.jp/articles/-/3689)。
 また江崎大臣は、最近の閣僚としては珍しく、日本会議にも神道政治家連盟にも入っていないそうなので、野党側からの期待値は高く、マスコミも野党もネットの野次馬も、次の失言を期待して待っているような状況だ。
 『日本会議の研究』の著者はこう言っている。

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 テレビのワイドショーに出てくる政治評論家という人たちも「あの人はいい人なんだけど…」と上から目線で言うだけで、政治的手腕や思想を評価する人は一人もいない。ちょっとため息が出る。

 わたしが子供のころ、衆議院は中選挙区で定数三人。江崎大臣の父江崎真澄氏と海部俊樹元総理の自民党の二人に社会党が一人で安定していた。中でも江崎派が一番強かった。
 そのあとを継いだのはもう二十年以上前のことなのに、大臣になっても政治信条やらなにやらはまったく問題にされない。ただ何か政府の方針と違うことを言うのではないかと身内からは心配され、野党及びマスコミからはそれを期待される存在とは、いったいなんなのか。
 江崎派の後援会では、わたしの同級生の親や顔見知りの商店主などが活動していた。あの人たちはもう亡くなっているだろうけれど、きっと今でも同じような人たちが草の根で支えていて、大臣就任を喜んで、その後の展開をハラハラドキドキしながら眺めているのだろう。
 9月の終わりには臨時国会が始まる。もと地元民として、江崎大臣には見苦しくない答弁と出処進退をお願いしたい。
 

 

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2017年8月21日 (月)

夏期休業

 

今週のブログは夏やすみです。

  これだけでは愛想がないので、ちょっとおもしろいネタをひとつ。
  7月の終わりにこんなニュースが流れた。

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 これに対しネットでは、無償とはセコイだのなんだのと批判があった。
 その中で、笑ったのはこれ。

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